第75話 最強は呪いを受け入れ斬り開く

 ――走馬灯。


「パパ。パパはどうして正宗を使うの? 使うと身体が痛くなるんでしょ? だったら他の剣を使った方がいいよ。サーニャがパパの剣を選んであげる!」


「はは。ありがとうサーニャ。でもね、パパは正宗じゃないとダメなんだ」


 サーニャの一番古い記憶。

 平時には思い出すことが出来ず、稀にふと思い出すことがあっても、すぐに忘れてしまう10年以上前の、幼き日の思い出。

 サーニャが3歳で、まだ父であるイヴァン・ゼノレイが存命だった時代。


「これはゼノレイ家の、今までのブラックロータスのギルドマスター達が残した意思だから。パパがこれを手放すことは許されないんだ」


 先代のギルドマスターであるホビット族のイヴァンもまた、正宗の精神支配を押さえつけながらでなければ正気を保つことが出来ない身であった。

 サーニャは幼心で、辛い思いをするくらいであれば、他の武器を使った方がいいと父に忠言したことがある。

 だがイヴァンは困ったような顔をし、諭すようにサーニャの頭を撫でた。


「正宗の呪いは使い手を縛る為のものじゃなく、先代の意思を忘れない為のものなんだ。少なくともパパはそう思っている」


「どういうこと?」


「今の人類の文明は、先代達が数々の死体で積み重ねながらダンジョンを切り開いたからこそあるんだ。その先人の偉業を忘れないため、そして次の世代にこんな辛い思いをさせないために、パパは正宗を使うんだよ」


 イヴァンには目標があった。

 自分の代でダンジョンの最下層を踏破して見せるという夢が。

 ダンジョンの最下層に何があるのかは分からない。

 でもそこにはきっと、人類を更に豊かにしてくれる何かがあり、それによって命を賭けなくても安定した魔石が手に入る手段があるのではないかと、そんな希望を抱いていた。


 少なくとも、ダンジョンを踏破し、ありとあらゆる情報を明らかにすれば、冒険者が分不相応な魔物と遭遇し殺されたり、未開の地で新たな情報と引き換えに命を失うという〝冒険〟をせずに済むと思っている。

 冒険者に危ない〝冒険〟をさせないために、イヴァンは全ての冒険をこの身に引き受けるという覚悟の末に、ブラックロータスの首魁となったのであった。


 そしてその決意は、娘が生まれてから更に強固なものへとなっていた。


「……?」


「まだサーニャには難しい話だったかな」


「でも、パパは嫌で正宗を使って訳じゃないってことは分かった!」


「正解だ。サーニャは賢いな」


「えへへ」


 無邪気な笑みを浮かべるサーニャの頭を、イヴァンは優しく撫で続ける。


「サーニャは将来、なりたいものがあるかい?」


 従来であれば、サーニャは冒険者貴族の仕来りに従って、次のブラックロータスのギルドマスターとなる定めが決まっている。

 でもイヴァンがダンジョンを余すことなく踏破すれば、その必要もなくなるかもしれない。

 だからサーニャの夢を尊重するためにも、イヴァンはより強くなる必要があった。


「サーニャね、パパみたいな強い冒険者になりたい!」


「……そっか、サーニャも冒険者になりたいのか」


「うん! そしてパパと一緒にダンジョンに潜って、沢山魔石を集めるの!」


「パパと一緒にか」


「一緒! サーニャもパパみたいに強くなるもん!」


「それじゃあサーニャ、1つだけ、お願いをしてもいいかな?」


「うん、いいよ」


「もしパパが死んじゃったら、サーニャが代わりに、パパの意思を継いでくれるかい?」


「分かった。そしたらサーニャがね、ダンジョンの一番下に行くよ。でも本当はパパに死んで欲しくないよ……」


「ありがとう、サーニャ」


 それはきっと呪い。

 正宗に宿る悪霊の呪いではない。

 ゼノレイ家に課せられた、ダンジョンという巨大な魔物の体内に囚われ続ける一族の呪い。

 でも彼らは悲観しながらも、そこに希望を見出し、常に冒険者達の先頭に立って、様々な危険を冒しながらもダンジョンを切り開いていった。


 その呪いをサーニャに押し付けてしまった罪悪感を抱きながらも、その呪いをサーニャが笑顔で受け入れたように。




――そっか。


 走馬灯の末サーニャは思い出す。


――私が選んだんだ。正宗を握ることを。


 サーニャは父の死後、若干4歳という幼さでブラックロータスのギルドマスターとなった。

 そして同じく副ギルドマスターとなった当時14歳のテティーヌの指導の元、ダンジョンに潜ってレベルを上げた。

 いくら当時最高クラスの冒険者のステータスを継承していたとは、4歳の子供がダンジョンに潜るのは無謀に等しい。

 それでもサーニャは血反吐を吐いても弱音は吐かなかった。


 何度も死の淵に立たされ、何度も挫けそうになっても、前に進むことを止めなかった。

 血を流し、魔物の灰を被り、汗で汚れたかつての父の匂いを纏わせながら、サーニャは地の底を目指した。

 父の背中を追うように。そして追いついて、追い越すために。


 けれどそんな気持ちもいつしか忘れるようになってしまった。

 悲痛の末にダンジョンから魔石を持って帰っても、王宮はサーニャにそれ以上の難題を突き付け、冒険者の傷を癒すはずの教会からは露骨な嫌がらせを受け続けた。

 肉体的な苦痛なら耐えられた。しかし大人達から放たれる精神的な苦痛を耐えるには、サーニャはまだ幼過ぎて、またそんな彼女を支えてくれる大人は、殆どが父と共に殉職してしまった。


 それでもサーニャは残された部下の生活を守らなければならなかったし、年々過酷になっていく王宮へ上納する魔石量のノルマをこなさねばからなかった。


 サーニャの神経は少しずつすり減り、そして全てが嫌になってしまった。




――でも、思い出してしまった。パパとの約束を。


――そして、エドワードと出会ってしまった。


――父と同じ、血と灰と汗の匂いを纏わせた、愚直なまでに真っ直ぐな英雄に。


――起きないと。


――戦わないと。


 このまま教会が〝聖使徒計画〟を発動させれば、大陸全土は1000年振りの戦争が起きて大量の死者が出る。

 そして一度戦争が起きれば、以前のような情勢に戻ることは出来ないだろう。

 戦争による利得権益の獲得方法を覚えた人類は、戦争の魅力を忘れることが出来ない。



――辛くても痛くても眠くても休みたくても……起きないと。


――私はゼノレイの意思を継ぐ、人類最強の冒険者なのだから。



 誰かが言った。


 おはよう、人類最強。

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