第29話 かくれんぼ

 貧民街の一角に佇む集合住宅の一室。


「天に召します我らが母神よどうか哀れな子羊を病魔から救い給え天に召します我らが母神よどうか哀れな子羊を病魔から救い給え天に召します我らが母神よどうか哀れな子羊を病魔から救い給え祝福あれ祝福あれ祝福あれ――」


「リエラ! 今戻ったぞ!!」


 ダンジョン入口に転送され、建物の屋根を走って文字通り一直線に帰宅した俺は、転がり込むように帰宅を果たす。


「エドさんっ!!」


「………………うぅ」


 俺がダンジョンに潜ってからルカがずっと付きっきりで看病してくれていたようで、リエラの額には水で搾った手拭いが乗せられていた。

 だがリエラの状態は非常に悪く、顔を黄土色にさせ呻いている。


「リエラ、薬を取ってきた、飲んでくれ」


 早速聖血の蓋を空け、妹の喉に流し込む。

 しばらくするとリエラの頬に血の気が戻り、動悸も穏やかになっていく。


「……お兄ちゃん……?」


「どうだリエラ、胸、苦しくないか?」


「あれ? 本当だ……ずっと苦しかったのに、今はなんともない」


「良かった!!」


 感無量でリエラを抱きしめる。



リエラ・ノウエン

レベル1

HP15/15

MP6/6

筋力1

防御1

速力2

器用2

魔力1

運値1

スキル【デュミトレスの加護】

魔法【なし】



 妹のステータスに黒石病の文字がないのを確認する。

 大丈夫、完治している。


「リエラ、病気は治ったんだ。もう胸が痛くなることもないし、歩けるようにもなるんだ!」


「……ほ、本当?」


「本当だっ! お兄ちゃんがリエラの病気を完全に治す薬を貰ってきたからな」


「もう苦いお薬飲まなくていいの?」


「いいんだ」


「お胸が苦しくなったり、脚の先からどんどん身体が動かなくなったりしないの?」


「しない」


「お外に出て走ることも出来るの?」


「出来る!」


「本当……?」


「本当だ。お兄ちゃんは嘘をつかない」


 うるうると、リエラの大きな瞳に涙が浮かび、ついに火が付いたように泣きだした。


「うわーーん! お兄ぢゃーん!!」


「ごっ、ごめん! 痛かったよな……」


「ぢがう……ぢがぐで……嬉しくで……お兄ちゃんが……リエラのために……いっぱい、いっぱい頑張ってくれたのが嬉しくて……これから、ようやくお兄ちゃんに恩返しできるかと思うと……ぐずっ……涙が……」


「ばかっ! 俺のことはいい! リエラが幸せになることを考えるんだっ!」


「お兄ちゃんっ! お兄ちゃんっ! お兄ちゃんっ!」


 リエラは泣きながら俺を抱き返す。

 俺もつられて鼻の奥が熱くなり、鼻声で妹の名前を何度も呼びながら、強く抱きしめる。


「うう……母神よ……祈りを聞き届けて下さり、まことありがたく存じます。かの兄妹にどうか、祝福あれ」



■■■



「ねぇお兄ちゃん……リエラ、本当に病気治ったんだよね」


 夜。

 ルカは一晩中リエラの面倒を見てくれており、何か礼でもしないとなと思っているのだが「あとは兄妹水入らずでどうぞ~」と気を使って帰宅してしまった。

 今度埋め合わせをしてやらないといけないな……。


「本当だよ。もうどこも痛くないだろう?」


「うん、まだ少し足が動かしにくいけど」


「それは何年も寝たきりだったからだ。ちょっとずつ歩く練習をすれば、昔みたいに走ることだってできる」


 頭を撫でながら答えると、リエラはえへへと可愛いえくぼを作りながら微笑んだ。


「さて、そろそろ寝るか」


「ねぇ、お兄ちゃん」


 魔力光を消そうと席を立とうとすると、ベッドで上体を起こしている妹が俺の服を掴んで引き留める。


「どうした?」


「今日、昔みたいに一緒に寝ちゃ……ダメ?」


「…………寝たいのか?」


「うん……本当は、ずっとずっと、毎日お兄ちゃんと一緒に寝たかった。村にいたあのときみたいに。でも、リエラの病気が移っちゃうかもしれないから……言えなくて……」


 断られるのではないかという怯えを孕んだ瞳で、上目遣いに俺を見つめる。


「分かった。一緒に寝ようか」


「本当!? やったぁ!」


「全く、リエラは甘えん坊だな」


「ごめんなさい……甘えん坊で……嫌いになっちゃう……?」


「なる訳ないだろ」


 寝巻に着替え、今度こそ魔力光を消し、妹のベッドに入る。

 俺の身体が大きくなったのか、村にいた時よりも妹が小さく感じる。


「おやすみなさい、お兄ちゃん」


「ああ、おやすみ、リエラ」


 リエラは俺の懐にすっぽりと収まり、胸に頬を預けるようにして眠る。

 俺もまた寄り添うように、リエラの小さな背中に手を回して目を瞑る。


 リエラが力強く抱きしめてくる。

 応えるように、俺もリエラを抱きしめた。

 2度と離さないように強く、壊さないように、優しく。



■■■




 ――夢を見た。

 収穫前の豊かに稔った小麦畑でかくれんぼをしていた。


 リエラは小さくて、身を屈めてしまえば身体をすっぽりと小麦が隠してしまう。

 俺は小麦が潰れないようにそっとかき分けながら畑の中を捜索し、妹の気配を探る。

 すると突然背後からリエラが飛び出してきて、腰に手を回して抱き付いてくる。


「リエラ……かくれんぼなんだから出て来ちゃダメじゃないか」


「でもっ! お兄ちゃんを驚かせたくて」」


「はは、全く」


 抱擁を解き、リエラの頭を撫でる。

 リエラは首を動かし、自分から撫でられにいく動きが猫みたいで愛おしい。

 畑の外から元気そうな両親が収穫道具を携えてやってくるので、俺とリエラは収穫を手伝うため、両親の元へ駆けていく。


 離れないように、しっかりと手を繋ぎ合わせて。

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