偽教授接球杯Story-2
まず眼に飛び込んできたのは大きなローストチキンだった。
チキンにしてはあまりに大きかったので、もしかしたら本当はターキーなのかも知れない。
眼に鮮やかなテリーヌ、シュリンプカクテル、真っ赤なロブスター、ワインにシャンパン、ラムチョップに山盛りのマッシュポテト、血の滴るローストビーフにプディング、ミートパイ、ぷるぷると艶やかなライムゼリー、ブッシュドノエル……
ホリデーシーズン用のご馳走が、その部屋には大量に並んで、なんとも食欲をそそる香りを振りまいていた。
そのどれもが湯気を立て、あるいは程良く冷やされて、いまにも家族の着席を待ちわびるように行儀良く並ぶ。
生唾が湧いてくる。
嵐の中を進んで、ようやくこの建物にたどり着いた体は冷え切っている。この数々のご馳走は目に毒としか言えなかった。
ふらふらと誘われるように、その部屋に踏み込む。
ご馳走を満載した長テーブルは大きく、その周りを囲む椅子は丁度七脚あった。
「どなたかいらっしゃいませんか?」
辺りを見回してもやはり人の気配はない。
ただご馳走だけが、食べる者を待つように華やかに。
ふと、昔、本で読んだ船の行方不明事件を思い出す。詳細は忘れてしまったけれど、乗組員が消えた船のなかで、まだ湯気の立っている料理が発見されるのだ。
あたかも、乗組員は食事の前にほんの少し席をたっただけ、とでも言うように。
このご馳走たちにも、そんな唐突さと不気味さがある。
それでも、ぐう……と腹の虫が空腹を訴えた。
いくら手足がかじかんで腹が減っているとは言え、勝手に屋敷に上がり込んだ身だ。
その上ご馳走まで食い荒らすなどと……
理性はそれをはっきりと自覚しているのに。
長テーブルに進む足が止められない。
赤々と燃え盛る暖炉の前、この家の主人の為の席にそっと着席する。
不思議とその席が空いているような気がしたのだ。
フォークとナイフを手にする。
ああ、駄目だ。食べてはいけない。これは人様のモノだ。妖しげなモノだ。これはいけない……
そう、脳裏で誰かが囁くのに。
ご馳走を引き寄せる手が止まらない。
手始めにローストビーフを切り分けて、皿に盛った。
グレイビィソースをたっぷりとかけて、一口食べると、まずソースの旨味が舌を優しく刺激する。程良く火の入った肉は柔らかく、噛めば噛むほど肉の甘味が口いっぱいに広がっていく。
これは、美味い!
驚くほど芳醇で、官能的な肉の味わい。
食べれば食べるほど虜になっていくようだ。
目移りするままに、ご馳走を次々と口に放り込み、噛み砕き、嚥下する。
チキンにパイ、魚介に羊、肉に菓子。
手当たり次第、口に運ぶうちに、フォークとナイフを使うことすらもどかしくなってきた。
手掴みで、ご馳走を口に詰め込んでいく。
そのどれもが美味しいのに。
食べても食べても。満たされたと言う感覚はなかなかやって来なかった。
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