第36話・抑えきれない想い


 月が出ている夜。私はこっそり宿を抜け出した。魔力のカンテラを片手に向かう先は教会だ。扉が閉まっていれば大人しく帰ろうと思っていた。しかし、扉は開いており、驚く。導かれるように中に入った。


 中に入ると月明かりに照らされた女神像など昼とは違った神秘的な光景が目に写る。綺麗だった。でも、私はこれを見るために来た訳じゃない、昼間に教えてもらった懺悔の小さな箱に用がある。その片方の扉を開けて中に入り真っ暗な部屋をカンテラで照らすと小さな椅子とカーテンがかかった隣の部屋に通じる小窓がひとつある。それ以外は仕切られた空間だった。


「音奪い」


 仕切られた空間だったが聞かれたくないので音を漏れないようにする。一人になりたかった。誰もいない所で。懺悔したかった。


「…………はぁ」


 今日の出来事が忘れられない。あの出来事のせいで忘れようとしていた事が全て泡のように浮き上がる。疑問も全て。独り言で一人で自問自答をする。


 聞いてくれる人は誰もおらず。聞いてほしい人は私を見ていないと思っている。


「指輪………何だったの………」


 赤い宝石、ガーネット。意味を知れば彼がわからなくなる。間違いなく………私に渡そうとした。


「………いつからだろう。こんなに辛くなったのは? なんで、私はネフィアを演じるのを続けているのだろうか? 私はいつから、いつから私と思っていたのだろうか?」


 男だった自分。男だった筈の自分が。今は女々しい思いに駆られている。「男だ!!」と考えても。全く昔の自分を思い出せなくなっていた。


 そう、思い出そうとしたら。思い出すには彼との旅ばかり。数年の男だった思い出よりも数ヶ月の思い出ばかりが胸にある。


 この気持ちはネフィアの物だと言っても全く違う反応をしてしまう。ネフィアは私だ。私の大切な想い出なんだと。ネファリウスを捨てている。


「…………好き」


 勝手に口から溢れる言葉は誰も拾わない。


「私のために、ずっとしてくれてる。危険を犯してくれている。出会った時からずっと」


 約束は守っている。私を襲わないことを。触れることさえ怖かったのに今では手を繋がれるのを喜ぶ私。


「魔都で護ってくれたのは彼だった」


 覚えている。あの大きな背中を。強い背中を。いつだって、彼は私の前に立ってくれた。


「エルミアお嬢さま………」


 エルミアお嬢さまの使用人の日々。思い出せば辛い事も楽しい事もあった。毎日毎日、彼の迎えを期待していた。エルミアお嬢さまには少し恨んでいたけど。今は感謝できる。女性として教えてもらった。


「エルミアさんに会ったらお礼言わなきゃ………」


 女性の基礎を教えてくれた彼女に。それのおかげで演じる事が出来る事を。


 帝都に帰った時は自由になった気がした。けど考えてみれば勇者が連れ出した時に………すでに自由だった気がする。店で働けたし、新しい発見は多かった。


「あの後、連れ拐われた時………怖かったな~」


 囲まれ、暗い所に連れていかれた時は怖かった。また、暗がりの部屋にずっと閉じ込められてしまうんじゃないかを怖がって震えた。でも、彼は来てくれた。初めてあのとき、大泣きしたのを覚えている。優しく抱き締めてくれた。泣き止むまで。


「助けてくれた。黒騎士団も裏切って………」


 黒騎士団から庇ったりしてくれた。帝都を飛び出し、彼は私のために故郷を捨てる。味方だった騎士団も捨て。私のために魔国へ連れていってくれる。


「逃げた途中と都市で美味しいもの沢山教えてもらったなぁ……」


 アクアマリンで初めて食べるあれこれ。そして、一番嬉しかった事はアクアマリンの首飾りをいただいたこと。一番綺麗なデザインの宝石だった。今で思う、彼は見ていた。そして、わざわざ戻って買ってくれたのだ。


「………うれしかった」


 馬でさえ一緒に乗るのは嫌だったのに。今では背中に彼が居てくれる。振り向けば彼がいる状況を好ましいと思っている。凄く安心して居られた。


 そう、狙われていても安心できた。本来なら刺客でも恐れる筈なのに全く恐れを感じない。いつだって彼はそんな事を一切、感じさせない。一度助けられたからだろう。


 短い期間の記憶を巡る。いっぱいあった。魔法を教えてもらったり。占いしたり、訓練でいっぱい叩かれたりもした。ここまで、色んな事をしてくれている。何だってしてくれてる。


「だから………理由を知りたかっただけなのに」


 これだけの事を彼はしてくれているのに理由は知らなかった。私にためにっと言うだけで。そして、聞いてみたら一つ。私に似てる誰か、『彼女』のためにだった。


「私じゃなかった………」


 それを聞いたとき。私は理由がわからず泣いてしまった。そして、あまり考えないようにした。したが、今日、また彼の考えがわからなくなった。


 悲哀の歌を歌ってたのを勇者の夢で知った。少しでも知って欲しかったから酔って歌ったのだろう。


 どうせ私の恋は始まっても終わってしまうものだと思っていたのに。今日は諦めて想像だけで満足しようしてた。だけど、今日。赤い宝石の指輪を見てしまったから。


「うぅうう………ごめんなさい‼ 「私に惚れている」て言葉の嘘を信じてごめんなさい‼ 彼は私を好きだって思ってました!! キスだってしたから!! だけど私に似た誰かを好きだったなんて聞いたら………私だって似てるなら『彼女』を殺してすりかわったりしたりとか!!  指輪を貰えると思いました!! 紫蘭がいなくなった事!! 少しでも喜んだ自分が忌ましい!! ごめんなさい‼ ごめんなさい‼ だから……」


 目から溢れでる何度目かの涙。泣き虫になった私。


「私は………彼の大きな背中が好き……」


「私は………何処へだって助けてくれる彼が……好き………」


「私は………優しい、彼が大好きです………ですから」


 これ以上………これ以上。


「私以外の『彼女』を追いかける姿なんか見たくないです!! ごめんなさい。好きなのに振られるのが怖い。指輪………欲しかった!! 欲しかった!!」


 想いが溢れて止まらなくなる。


「辛いなら、こんなに辛いなら。部屋で閉じ込められたまま…………ずっと知らずに………」


 顔を押さえていると。声が聞こえた気がした。


「愛してますか?」


「愛してる!! 彼を愛してます!!」


「なら真っ直ぐ進みなさい。つかんで下さい未来を!!」








「ん、んんんん~ん?」


 目が覚めると。宿屋のベットの上だ。太陽が部屋を照らしている。


「あ、う……ん? 宿屋? なんで?」


 体をお起こし周りを見渡す。昨日抜け出した筈の借りた自分のベットだ。隣の別のベットを見ると勇者は居なかった。


「ネフィア。おはよう」


「私………あれ夢だった? 懺悔室に居た気がする」


「ああ、寝てたからここまで運んだんだ。懺悔室で何を懺悔したか悩みを打ち明けたか知らないけど。抜け出すなら帰ってくる事な。心配するから」


 彼は頭を優しく撫でてくれる。


「へへへ…………う、うん………ありがとう………」


「何か食べたいか? 寝過ごしてるからもう昼だ」


「えっと、ラザニア~」


「作ってる店はあるかな~?」


 勇者が困った顔をする。


「………ちょっとスッキリした」


「ん? 何が?」


「なんでもないよー」


 あの声は幻聴だったかもしれない。でも…………諦めきれないなら。


 愛してる気持ちを持って貫くまで!!


 何処かで告白しよう。


 それで行き当たりバッタリで考えよう。


 うん………わかった。もう目をそらしません。私の気持ちに。


 勇者を愛しています。






「黒騎士団長。何処で迎え撃ちますか?」


「…………国境付近だ。奴等が都市から出た連絡はまだだろう?」


「わかりました。丁度いい高台もありますね。さぁ彼らの長かった旅も終わりです」


「全くだ。先回りし、待たされた。秋が終わる頃に帝国へ帰る。裏切り者一人に長い時間拘束されたな」


「ええ、本当に。裏切り者には死を」





























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