第26話・激情の炎
朝、起きて少ししてモヤモヤした気持ちを抱く。女になってからよく泣くようになった。男なのに恥ずかしい以上に惨めだ。しかし、女だから泣いてもあまり気にしなくてもいいんじゃないかとも思った。今の私はネフィアなのかネファリウスなのか分からなくなっている。夢魔の能力である変異も全く意味をなさないほどに。
「おはよう。冒険者ギルドに行くぜ」
「…………おはよう」
小さな声で返す。昨日、何もなかったかのように勇者は支度をする。
「はぁ」
それに対して溜め息を吐いて大人しく自分も支度しようと思う。最近おかしい。絶対おかしい。だけど、何が変なのかはわからない。
だっだっだ!!
ダンっ!! ダン!!
そんな中で扉が勢いよく叩かれる。勇者がすぐに開けると紫蘭が血相を変えて彼を見ていた。
「トキヤ、緊急の依頼だ。壁の外でドラゴンの群れが‼ ギルド長がお呼びだ!!」
「ドラゴンの群れだと!? そんな馬鹿な‼」
なんだろう。童話を思い出す。姫を助ける勇者の物語を。
「急いでくれ‼」
自分達は急かされながら支度をし、冒険者ギルドに赴くのだった。
*
「ギルド長ガンドルフだ」
「冒険者トキヤです」
案内されたのは中央にテーブルがあり一目で会議する場だと思われる場所に案内された。重々しい空気のなか、勇者がおじさんのギルド長と握手をする。他にも数人。腕が立ちそうな冒険者が数人ほど来ていた。
「紫蘭、彼が竜殺しだな」
「はい」
「そんなことはいいから情報をくれ」
勇者が急かす。異常事態なのだろう。
「そうか、話が早いな。実はドラゴンの群れが北から来ているのだ。本来のここまで来ず、北の連合国で迎撃するのだが。ここの国にはバリスタが無く撃退できない」
「なぁ………本当にドラゴンなのか?」
「ああ、小型種だ」
話を聞いた勇者が首を傾げる。
「ドラゴンは無法地帯か滅んだ都市など人がいない場所にしかいない。徹底的に俺らが狩るし、逆にドラゴン自体が弱者になってるから表へ出るのは名のあるヤバい奴しかいない。それに北から、毎年だろ?」
「そうだ、毎年。しかし、今回は迂回してこちらに来ているらしい」
「あーあー。ドラゴンじゃぁ~ないな。慌てて来たが……それワイバーンだ」
「トキヤ……お前、何を知っている?」
「黒板借りるぞ。お前らがドラゴンと思ってるやつの正体だ。ワイバーンな」
黒板に言葉を書く。ワイバーン。
「そして、ワイバーンには種類も数も多い」
授業みたいに彼は話を始める。ドラゴンとワイバーンの違いを事細かに書いていく。ドラゴンの劣化種がワイバーンらしいく今のドラゴンと言われるのはほとんどワイバーンらしい。
ドラゴンとの違いは小さい体なため燃費が良く、長い距離を飛べるらしい事。成人が早いことで繁殖が盛んであり膨大な数がいること。
弱点は個々が弱く、一対一ならドラゴンに食われるらしい。食われてもいいように毒持ちや、ドラゴンに傷を負わせ食べられる数を減らすために爪が発達したもの等。進化の多様性が進み。今では逆にドラゴンを越えた種類。一匹だけのワイバーンも誕生していると言っていた。ドラゴンは色違いはいるがほとんど一緒らしく。違っているのは突然変異種とのこと。
「ワイバーンか………しかし、弱くてもドラゴンだ」
「まぁ、美味しいから帝国じゃぁドラゴンの肉で売ってるし間違いじゃなないかもな。全部、ワイバーンの肉なんだけどな~気にしないんだろ。さぁ共通認識出来た。まぁ知識としちゃあんまり有名じゃないよな………本物見ないもんなぁ~ここらへんで」
「では………そのワイバーンとやらは、どうやって撃退すればいい?」
「簡単、魔法で数匹倒せばどっかに行く。生き物としてはドラゴンから逃げる種だ。回遊型のワイバーンは旅をするために危険なら逃げる癖がある」
自分は見たことも聞いたこともない生き物だった。勇者は緊張せず、撃退方法を教えていく。
「ふぅ、安心した。さすがトキヤ殿」
「ははは、誉め言葉はいいからいいから………幾らをくれるが重要だ」
「トキヤ殿、一匹金袋一袋でどうだ? 皆もそれでいいな」
他の黙っていた冒険者も緊張が解け、話し出す。だいたいそれぐらいで他の冒険者も良いらしい。
「よし!! わかった。じゃぁ依頼書を出すのではなく賞金首で出そう!! 皆期待している。騎士団には期待せずに我々で倒そうな」
ギルド長が立ち上がり、紫蘭に指示を出し、会議はお開きになった。
*
朝食。急いで出たが安心できるので今から朝食らしい。本当にマイペースな勇者だ。自分はパンケーキを黙々と食べる。まったく美味しくない。だから原因を問う。
「ねぇ、どうして。話をしてくれない」
「あ…うぅえ………昨日、話の続き?」
「ええ、そう」
「………話したくないって言ってもダメなんだよなぁ」
「もちろん。昨日………余の悪夢見たでしょ?」
「見た。部屋の中で泣いてる奴がいた。起きてビックリしたよ。夢じゃなかったのかって」
「『私』の過去を見て、お前の過去を見せないのは不公平だ」
きつく睨み付ける。見れば見るだけ怒りが大きくなる。わがままだってわかってる。でも、「仲良くなるのに少しは心を開いたっていいじゃないか」と思う。
「信用してるし、誰にも話さないから」
「……………」
「………」
自分の服を強く握る。「何故!! 何故!! こんなに!!」と強く心で叫ぶ。
「わかった!! もういい!! 私は私の方法で引き出す」
「夢渡りは……無理だぞ?」
「いいや、違う!! 勝負だ勇者」
「なっ!? 考え直せ‼ 俺とやってもムダだぞ!!」
「ああ、お前とやって勝てないだろう‼ ワイバーン………どちらが多く仕留めるか。賭けないか?」
乗れば御の字。乗らなければ次を考える。大丈夫、余は魔王。私はネフィア。勝つために鍛えてる。
「それでも………無謀」
「やってみないとわからない。お前がよく使う言葉だ。私が勝ったらそのロケットペンタンド見せてもらう」
「………それで、俺が勝てば?」
「二度と聞かない………大人しくして言うこと聞く」
「はぁ、わかったそれで……………ネフィアが満足するなら」
カウンターのしたでガッツポーズをする。乗ってくれた。
「私は誰だと思ってる。いいや、今はどうでもいい。勇者」
「そんな、呼び方するな………勇者じゃないって……」
「私にとっては勇者だ!! 皆には聞こえてない」
自分は席をたつ。一緒に居るだけで怒りが混み上がってどうにかなりそうだった。指をさし叫ぶ。叫んでも勇者しか聞き取れないようにして叫ぶ大音量で。
「勇者!! 私は逃げないから!! 一人でやる!! ついてくるなよ!!」
酒場を振り向かずに出る。ワイバーンが来るまで時間、少しでも離れたい。胸が苦しい。
*
受付で見ていた。怒ってるのはわかったが声が一切聞こえない事に首を傾げた。そして彼はうな垂れ、その姿が少し気になり声をかけた。
「怒られてたみたいだけど、どうしたの?」
「紫蘭か、どうしたもこうしたも無い………怒らせてしまった」
「ほう、聞いてやろう。そんな鬱々しい姿で戦場には出れまい」
話を聞いてやることにする。そして、聞いていく内に怒りを覚えた。
「悪いのお前だぞ。同じ仲間なら過去ぐらい話せ」
「話すべきか………」
「話すべきだ。お前は壁を作っている。あの子は若い………小さな事でもショックを受けるだろう」
「えっ? 若い?」
「私より大分若い。成人ではないだろう。お前だって若い」
「そ、そっか。ならあんなのは普通なのか」
「それもあるが………いや、これは本人達の問題」
「なんだよ? 言えよ!!」
「デリカシーがない。あの子はお前のなんだ?」
「………はい、ごめんなさい。知ってます」
すぐに彼は謝りビックリした。あんなに恐ろしい敵だったのにこんなの素直な子とは思えなかったのだ。考えてみれば若い筈で戦争がこやつを魔物にした。
「あいつに言われてる。デリカシーがないなって。なぁ過去って重要か?」
「重要だ。お前は私と戦ったのはなんだった?」
「重要だな。大切な思い出だ」
満面の笑み返される。屈託の無い真っ直ぐな顔。それにグッと唇を噛む。
「そ、そうだろ? 知りたいってのは仲がいい奴と過去の話をしたいってもんだ」
本当は違う。「好きだから聞きたいのでは無いだろうか」と思う。ああ、私は少し知っている。恐ろしい少年だったが、今は好青年。成人。いい、男になっている。剣も実力も知っている。女を護るために前に出る男らしい事。
女だから、殺さずに生かされた経緯もある。本当に芯はいい奴なんだ。割り切って生きているだけで。
「おい……顔が赤いぞ。昔に恥ずかしい事でも思い出したか?」
「ははは、ご明察」
鈍感なのが幸いである。私も何処か、引き寄せられる。
「ワイバーン………そろそろ来るんじゃないか? いいのか? トキヤ」
「まだ来ないだろうし、ゆっくり狩るさ。賭けをしたんだネフィアと」
内容を聞く。少し驚くのはワイバーンを賭けの対象にしたこと。本気だと思う。彼女の心は。
「それにしてもギルド長クラスが知らないなんて………変だよなぁ」
「元のギルド長はギルド長をやめて戦線に赴いた。お前が斬った騎士の一人だ。彼はなし崩し的に上がっただけ。だから知識が乏しくても仕方ない」
「それで、ドラゴンを知らないのか………ふーん」
だけど、こいつは賭けを本気にしてなかった。
*
やらかした。盛大にやらかした。酒場を勢いよく飛び出し。路地裏に入った瞬間。落ち着きを取り戻せた。そして紫蘭と話してていい雰囲気だ。
「ああ、何て事を………」
勇者には嫌われては玉座に戻れない。怒りもあるが今までの感謝とか、鍛えてくれた事とか。怒り、悲しみや色々今までの事とかが頭でぐるぐるする。纏まらない。
「何で、あんな事を。と言うか何をしたんだ余は」
考えが本当に纏まらない。胸を焦がすほどの感情は何処かへ消えてしまった。
「諦めよう。考えるの………今は勝つことだけが重要だ」
勝って決めればいい。行き当たりばったりだが、やるしかない。自分一人で。覚悟が決まったら後は簡単だ。やるしかない。全力で今、出来るイメージで。
「迎撃は壁の上でだったな」
壁まで歩き、階段を探し当て。壁を登った。帝国より高くない壁の頂上。他の冒険者らしき人々が見えた。緊張した表情で空を見上げる。
いつ来るかはわからないが。今日には来ると情報があるらしい。周りを見渡しても勇者はまだ来ていないようだ。
「余裕だからか………まぁいい」
好都合。今さっきの怒りを思い出す。ああ、そうだ。これだ。この怒りだ。最近、おかしいのは勇者に苛立っているからだ。手に炎が生み出されそれを抑え込む。
「くぅ!!」
唇を噛み、怒りに堪える。まだ………まだ………まだだ。
「来たぞ‼」
小さな影がポツポツ現れた。次第に数が多くなる。そして口元を歪ませる。
「余の怒りをその身に………」
足元から火の粉が上がり、右手に熱が感じて握りしめた。目を閉じ、風の魔法をイメージする。空気が振動し、届けられる音を拾う。
「音拾い」
ワイバーンの羽音、咆哮が耳元まで届けられる。今度は荒々しい怒りの炎のイメージをする。怒りを体現した炎が右手に生また。普通の火球じゃぁつまらない。怒りはもっと激しく。右手の火を目の前に持ってくる。ただ魔力が燃えているだけの物。だが、まだ生ぬるい。
「もっと………もっと熱く!!」
右手の炎が渦を生み、うねりだす。丸の中心へ向かうように渦を巻き回転。真ん中に炎が圧縮されていく。怒りを内包するように。中心が白くなった。
「ファイアーボール!!」
それを勢いよく、音を拾った個体へ向けて打ち出した。丸い球が飛んでいく。風に乗せて操ってワイバーンへ向けた。
「怒りをそのままに!!!!」
遠くのワイバーンに触れる。
「はじけよ!!」
1匹のワイバーンが圧縮した小さな火の玉に触れ、腹を穿たれた瞬間に玉が膨張し巨大化した炎がワイバーンを飲み込む。中からも外からも死ぬまで焦がす怒り。確かな手応えを感じてもう一発準備をする。怒りはまだまだあり、止めどない想いが炎を具現化する。
一体どうやって唱えているかわからない。だが、炎は燃え上がっている。怒りによって。
*
「………はぁ、1匹2匹狩ればいいな」
自分は酒場を出て、重い足取りで壁を登る。思いの外、怒られたのが心にダメージを与えていたみたいで足取りが重い。どんな顔して会えばいいかわからない。
「はぁ」
どんな謝りかたをすればいいかわからない。ワイバーンの咆哮が都市を揺らすがさほど気にしない程にそんなことよりネフィアが気になる。あれだけ鍛えたので倒されてないと思うが心配である。
「!?」
壁を登り周りを見渡した。幾人の冒険者の亡骸の中で火の粉を纏って立っている女性がいた。その周りに黒く焦げたワイバーンが転がる。凛々しい姿に過去の幻を思い出す。
「遅いじゃないか………勇者」
「ね、ネフィア?」
彼女が剣を片手に持って立っている姿に驚きを隠せない。昔とは違った力強い魔王の姿。元から才はあったのだろうが花が開くことはなかったこと。自分と大違いに才ある者の姿を垣間見た。
そんな中でネフィアの背後にワイバーンが降り立つ。ネフィアが振り向き、睨みつけてワイバーンへ走った。剣から炎の奔流が巻き起こり、大きな炎の刀身となる。それをワイバーンに向けて振り抜いた。
炎の刀身が触れたものは全て焦がす。炎がワイバーンに移り、ワイバーンの苦しそうな鳴き声を発して、もがく。そして、炎が収まると同時にワイバーンは動かなくなった。
「全部、お前が?」
他の冒険者も弓で打ち落としたり、魔法を当てたりしているがネフィアの周りだけ異様に焦げた亡骸が多く感じる。
「もちろん、怒りに身を任せてだ」
「あっうん」
怒っている。まだ、彼女は怒っている。怒りが、炎を強くしてワイバーンに圧倒的な火力を見せた。目線をそらすと一匹のワイバーンが彼女を避けて町に降りようとする。ワイバーンもネフィアを怖がっている。
「ねぇ、勇者」
背筋が冷える。魔王と言われても大丈夫なほど今は怖い。
「私の勝ちだよ?」
「あの。賭け事無しにしよう」
「………あああ、へぇ~」
手汗が溢れる。時が止まったかのような沈黙。ネフィアがあの、悲しそうな顔をして心が痛む。
「ねぇ、私を絶対護るって約束したよね」
「あ、ああ」
「じゃぁ、聞くけど」
ネフィアが壁の縁に立つ。
「今から飛び降りて死のうと思う。さぁどうする?」
「なっ!? 止めるんだ!! そんな馬鹿なことを!!」
「馬鹿はどっちだ‼ バカ!!」
ネフィアが胸のペンタンド。アクアマリンを掴む。
「この先、死線を潜る仲間なのに。私は何も知らないんだ。話さないとここから飛び降りる」
「そ、そこまで聞きたいのか………」
いきなりの激情に少し引いている自分。しかし、彼女の真っ直ぐな目線に強い意思を感じた。紫の珍しい瞳の彼女は今は紅く染まり、何かしら熱いものを感じて根負けし、ロケットペンタンドを首から取る。それを彼女に投げた。
「えっ……あ………」
それをネフィアは両手で受け止めた。
「大切なものだ。勝ったんだろ………女々しいことはもう言わない。酒場で待ってる」
真っ直ぐ見つめ返したあと。壁から身を引いた。若いワイバーンたちはまだ、空で伺っていたがこれだけ痛みを伴ったら引くだろう。人間以外に餌になる魔物は他にもいる。そして、そんなことよりも。ネフィアが強くなった事を誇り、今は素直に喜びたかった。
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