墓荒らしと少女
しんば りょう
その1
ドーーーーーーーーーン
空気を震わせるほどの大きな破裂音は、丘上に居る青年にまで轟いた。
そのような音を気に留める素振りも見せず、肩で息をする青年は額に掻いた大量の汗を拭った。ジリジリと照りつける太陽が水滴を反射させ、青年の腕は白に
「暑い……」
呟いたってどうにもならない言葉を溜息と共に吐いた後、再び作業へと戻った。
その手には大きなシャベルが握られている。それは青年の胸元まで長さがあり、無駄な装飾なんてまるでない。土を掘ることだけ考えられたとても無骨なシャベルだ。
「ふん――!」
鋭く息を吐くとともにそんなシャベルを振るう。黒に近い茶色の土へと深く、深く突き刺しテコの原理で土を持ち上げようとする。額に血管が浮き出るほどにシャベルを押し下げると、山盛りの土が掘り出された。
掘り出した土を出来るだけ溢さないように、青年はシャベルを運ぶ。首元にある地上へと土を積んだところで、頭上からパラパラと土の破片が落ちてきた。
間髪入れずに青年は空になったシャベルを振るった。再び黒に近い茶色の土へと深く、深くシャベルを突き刺す。
このような動作を繰り返し、繰り返し……かれこれ何時間が経っただろうか? 青年はたった一人で半径1メートルはある穴を掘っていた。深さだってそこそこある。子供はもちろん、小柄な大人でさえすっぽりと埋もれてしまうほどの穴だ。
「ハァ、ハァ」
しかしながら、穴を掘り続ける青年に達成感はなかった。青年の心を満たしていたのは、大きな焦燥感と罪悪感。ただその二つだけだった。
「ハァ、ハァ」
絶え間ない息切れと鳴り止まない心臓の鼓動。意識だってずっと前から朦朧としている。すぐにでも作業を止めて身体を休めるべき……それは誰の目から見ても明らかだった。
「ふん――!」
しかし、青年は穴を掘ることを止めることができなかった。一刻も早く終わらせないとならなかったから。そうしなればならない理由が青年にはあった。
シャベルを土に差し込み全体重を懸け押し下げる。数百回は繰り返してきた作業……いつ終わるのかさえ分からない作業。青年は先ほどまでと同じように土を掘り出そうとした。 ……すると。
「あ……」
指先に感じた違和感に、青年は思わず声を上げた。すぐに手に持っていたシャベルを手放すと、その場にしゃがみ込み、今度は両手を使い土を掻き出そうとする。
何回も、何回も土を掻く。ひたすらに、ひたすらに土を掻く。
そして――
「み、見つけた……見つけたぞ。これで……」
息を切らせながら青年は呟いた。青年の眼前にあったのはもう土ではなかった。大きな石の塊だ。しかしそれはゴツゴツとした自然の石ではない。平坦になるまで研磨が繰り返された
「あなた、
「ああ!?」
平坦で大きな石……改め棺。それを掘り出すことに一心不乱となっていた青年が、突如聞こえてきた声に驚いたのは当然のことだった。大きく体をのけぞらせる。
「がっ……!」
そして、今の青年にそんな体を支える体幹が残っているはずもなく、その場に大きな尻餅をついてしまった。腰を中心に雷に打たれたかのような鋭い痛みが走る。
「あら、驚かせてしまったかしら? それはごめんなさいね」
ブレる視界の先に、青年が捉えたのは一人の少女だった。気が遠くなるほどに真っ白な髪をした少女だ。
「あなた立てる?」
そう言って、頭上の少女が伸ばしたのはひどく華奢な腕だった。それが青年を立たせるために伸ばされたことはすぐに分かったが、実際に青年がその腕を掴むことはなかった。
「…………」
ただただ、茫然。青年の頭の中は少女の髪色に負けないほどに真っ白となっていた。まるで大木のように、青年は動けない。
そんな青年の様子を見て、少女は眉を潜め言った。
「顔も体もそんなに汚してしまって……一度綺麗にするべきだと思うわ。ええっと……墓荒らしさん?」
「……っ!」
墓荒らし。そんな単語を聞いた青年の身体がゾワリと跳ねた。フラフラの身体に鞭を打ち、土壁を背になんとかその場に立ち上がる。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
土を掘り出していた時よりも、激しい息遣いをする青年。その左手はゆっくりとズボンの左ポケットへ向かっていた。やがてその手がかけられる。小さく、硬いその膨らみをここまでまざまざと感じたことは青年にとって初めてのことだった。
「あなた大丈夫? 手が震えているわ」
「こ……こ……」
ブレる視界の中で言葉を紡ごうとする青年。しかしながら、疲弊しきっているせいだろうか? それとも極度の緊張のせいだろうか? 後の言葉が続かない。
一方で、飄々とした態度の少女は、青年が何も言えないのを見かねて口を開いた。
「『殺す』かしら? ポケットの中にはナイフが入っているのね」
「……っ!」
「あら、当たったみたい」
顔一面に動揺を露わとした青年を見た少女は、指先を触れ合わせるだけの小さな拍手をした。なんとその表情には笑みをも浮かべる始末だ。
青年は唖然とする他ない。
「な、なん、だよ……」
やっと出たまともな青年の声とは、困惑に満ちたものだった。
※※※※※
「少しは落ち着いたかしら? 墓荒らしさん」
「……」
それから数分が過ぎた。青年は棺の上に座り込んでいた。一方で、少女は青年が掘った穴に腰掛けて足をプラプラと揺らしている。実に呑気なものだ。
やっと息切れが治まった青年。酷い倦怠を纏った身体はまるで重りがついているかのようだった。乾き切った喉で、なんとか声を出す。
「……お前、怖くないのか?」
「少しだけ怖いわ。あなたのような若い男の方と話すのはいつ以来でしょう」
「そうじゃなくて……!」
「ナイフを持った墓荒らしと一緒に居て、かしら? ……そうね。怖いわよ? 少しだけ」
そうは言うものの、少女の顔には微塵も恐怖感を感じなかった。青年は自身の頭を強く掻く。少女との会話にはひどくやり辛さを感じていた。
「何なんだよ、お前」
「そうは言われても困るわ。そうね……」
青年の呟きはただの嘆きだったのだが、少女は華奢な腕を組んで考え出してしまった。青年はそれへの指摘も諦めて背後の土壁に目を寄越す。彼の中には一つの考えが生まれていた。
墓を荒らしているところを見られてしまった。しかしながら幸い少女が一人だけだ。 ……もし青年が素早く土壁を登ってしまえたならば、たとえナイフを持っていることがバレていても、少女を手にかけてしまうことは容易いだろう。
ぎゅっと、その頼りない柄を握りこむ。
(よし……やる。やるぞ……)
カラカラの喉に唾なんて残っていない。飲み込んで入ってきたのはわずかな空気と乾いた痛みだけだった。腕を組みウンウンと唸る少女を鋭い目に捉えながら、青年は心の中でカウントダウンを始める。
(3、2、1!)
0のタイミングで青年は動いた。その身体を持ち上げ、風にサワサワ揺れる草を強引に掴む。そうやって土壁を懸垂する……しようとした。
「ずあ……!」
しかしながら、それは大失敗に終わってしまった。筋肉が激しく痙攣し、草を掴んだ両手を離してしまったのだ。たまらず盛大に穴底へと滑り落ちる。本日二度目の大きな尻餅を打った。
頭上からは呆れた声が降ってくる。
「無理しないほうがいいわ。あなたヘロヘロですもの」
「う、うるさい……」
こちらを覗き込む少女。そのはるか彼方には、気が遠くなるほど大きな入道雲が見えた。
「あのね? 墓荒らしさん。私、何を言えばいいのか分かったわ」
「な、なんの話だ……」
「やだ。聞いてきたのはあなたの方だったわ。『何なんだよ』なんて」
口元に手を当ててクスクスと笑う少女。息切れを繰り返す青年は何かを言う気にはならず、少女の次の言葉を待った。
「あのね? 私は」
おもむろに自身の頬を指差す少女。次に続いた少女の言葉に、青年は耳を疑った。
「棺の中にいる男、その娘なの」
…………
「……え?」
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