第5話 なんだかんだで、上手くいってます

 都内某所に建つオフィスビルのエレベーターホールにて。


 会社員の佐藤ヒロシは眠い目をこすりながら、下りのエレベーターを待っていた。

 そんな彼の後ろから、パタパタと足音が近づいてくる。


 振り返ると、ボブカットの毛先を揺らす、初々しいスカートスーツ姿の小柄な女性の姿があった。


 笑顔が愛らしい彼女の名は、三咲ナナ。

 ヒロシが面倒を見ている、後輩社員だ。


「佐藤先輩、お疲れさまです!」


「おう、お疲れ」


「今から、お帰りですか!?」


「ああ。三咲もか?」


「はい! あの……、もしよかったら、一緒に帰……」


 ナナが、一緒に帰りませんか、と控えめなアプローチをしようとした。

 

 まさにそのとき!


「佐藤! お疲れー!」


 二人の背後から、ハキハキとした女性の声が響いた。


 振り返った先には、パンツスーツを着こなした、スレンダーな女性の姿があった。


 凜とした魅力があるショートカットの彼女の名は、中山アズサ。

 ヒロシと同期で入社した社員だった。


「おっす。お疲れ、中山。お前も、今から帰りか?」


「そうそう! 週末だし、久々に飲みに誘おうと思ったけど……、ひょっとしてお邪魔だったかな?」


 先輩に牽制するように笑顔を向けられ、ナナはタジタジとしながらうつむいていった。


「いえ……、あの……、そんなことは……」


「そう? じゃあ、佐藤は私が借り……」


 アズサが、佐藤は私が借りていく、とマウント発言をしようとした。


 まさにそのとき!


「あらぁ、佐藤君。お疲れさま。それに、中山さんと三咲さんも」


 三人の背後から艶やかな声とともに、カツカツというヒールの音が響いてきた。


 振り返った先には、タイトな黒いワンピースに白いジャケットを羽織った、セクシーな女性の姿があった。


 妖艶な魅力のある、まとめ髪の彼女の名は林ヤエコ。

 ヒロシたちの上司にあたる人物だった。


「お疲れさまです、部長。今から、お帰りですか」


「そうよぉ、佐藤君たちは、三人でおでかけ? 仲良しでうらやましいわぁ」


 威圧感のある笑顔を向けられ、ナナとアズサはゴクリと息を飲んだ。


「あ、あの……、よろしければ、部長もご一緒にいかがですか? ね、三咲」


「は、はい! 勉強させていただきたいので、ぜひとも!」


 二人の言葉を受け、ヤエコは笑みを深めた。


「あら、そぉ? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら。ね、佐藤君」


 なんだかんだで、話は四人で飲み会にいく流れになった。


 まさにそのとき!


「あー、すみません。俺ちょっと先約があるんで、今日は三人で楽しんできてください」


「え?」


「へ?」


「ふぇ?」


 牽制し合っていた女性たちが呆気にとられると同時に、下りのエレベーターが到着した。


「それじゃ! 俺はお先に失礼します! 美味しい店が見つかったら、教えてください!」


 唖然とする三人を残し、ヒロシはエレベーターに乗り込んだ。


 そんなこんなで、ヒロシが急ぎ足で向かった先は都内某所の賃貸マンション……、つまり自宅だった。


「ただいま……」


 疲れた声でリビングの扉を開けた先には……


「ピィィィィ!」


 かぎ爪で器用に土鍋を持つ、ぐり子と……


「ヒヒィン!」


 背中に食器とはしのセットを乗せたゆに子と……


「めぇぇぇぇ!」


 鉢の上で、ふんわりとした身体を楽しそうにユラユラと揺らすタルたんと……


「あ゛あ゛ぁあ゛ぁぁぁぁぁ!」


 奇声を上げながら水槽の中をびちゃびちゃと泳ぐ、ジュエルプリンセス喜美子と……


「おかえりー、ヒロシー」


 ……ソファーの上で寝そべってくつろぐ、アツシの姿があった。


 騒がしい面々の姿を見て、ヒロシは深いため息を吐いた。


「あのさ……、毎週毎週、金曜に俺の家に集まるのやめない?」


「えー、でも、『会社の飲み会を断る口実になるから助かる』って、このあいだは言ってたじゃない?」


「ピィ」


「ヒヒン」


「めぇ」


「あ゛ぁぁぁあ゛」


 不服そうな五人の反応を受け、ヒロシは気まずそうに頭を掻いた。


「まあ、たしかに……、おかげで今日も、会社の付き合いから抜け出せたしな……」


「でしょー? 仕事を頑張ることはもちろん必要だけど、度を超すと可愛い子と出会う機会も減っちゃうからね」


「ピィー!」


「ヒヒィン!」


「めぇぇぇ!」


「あ゛あ゛ぁぁぁ!」


「……この状況はこの状況で、出会いから光速で遠ざかってる気もするけどな」


「まあまあ、そう言わないでよ! このあいだ北関東に出張したとき、また可愛い子を見つけたから紹介するよ!」


「……念のため聞くけど、人間だよな?」


「うん! まあ基本的には多足類だけど……、人間にも擬態できるみたいだから大丈夫だと思うよ!」


「北関東出身の基本的には多足類……って、まさか、オオムカデか!? オオムカデなのか!?」


「あははは! ヒロシってば、面白いくらい顔が真っ青になってるよ!」


「たのむから、否定してくれぇぇぇぇぇぇ!」


 

 かくして、今日もまた都会の片隅には、フラグクラッシャーヒロシの半泣きになった叫び声が響いたのだった。

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友人に可愛い女の子紹介してって言ったら、グリフォンを紹介されました 鯨井イルカ @TanakaYoshio

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