第2話 草食系って、そういうことじゃないと思うんだ……
都会の片隅に建つ、マンションのリビングにて。
会社員の佐藤ヒロシは、またしても深いため息を吐いていた。
「……たしかに、先週、紹介された子とのお付き合いは断ったな」
脱力した顔の先では、友人の山本アツシがにこやかな表情を浮かべている。
「うん。ほら、あの子肉食系だったから、ヒロシの好みとは違ったのかなって思って」
「まあ、あんまり積極的過ぎる子よりは、おとなしめな子のほうが好みだけど……」
「でしょ? だから、草食系の彼女を連れてきたんだよ」
「いや、草食系っていうか……」
ヒロシはアツシの隣に視線を向けた。
うれいを帯びたまつげの長い目。
艶のある純白のたてがみ。
光り輝く長い角。
そこにいたのは、まぎれもなく――
「……どう見ても、ユニコーンだよね?」
「ヒヒン」
――そう、ユニコーンだった。
「うん! ほら、ヒロシって恋人いない歴=年齢でしょ! だから、ちょうどいいと思って!」
「誰が歴=年齢だ!? 別に付き合ってた子くらいいたわ!」
「え? そうだったの?」
ヒロシが激昂すると、アツシはキョトンとした表情で首をかしげた。
「でも、彼女、『清らかな空気をまとった素敵な方とお見受けいたします』って言ってたよ」
「ヒヒン……」
「まあ、そりゃ、小学校のときだったから、あれだけど……、っていうか、なんでこりずにファンタジーな生物つれてきてるんだよ!?」
「えー、でも、ちゃんと女の子だし、上品な美しさがあると思わない?」
「美しさはあると思うけど、ユニコーンだぞ!?」
「よかったね、ゆに子! ヒロシが美しいって!」
「ヒヒィン!」
「だから、発言の一部を抜き取るな! あと、そんなベレー帽被ったマンガの神様が描いた作品にいそうな名前だったのかよ!?」
「うん! しかも、この子も可憐な見た目に反して、過酷な日々で身体が鍛えられてるから……、上がり三ハロンのタイムは、なんと、三十三秒台だよ!」
「驚異的な末脚だな!?」
「よかったね、ゆに子! 七冠馬間違いなしだって!」
「ヒヒン……」
「そこまで言ってね……いや、まあ、目指せるくらいのタイムかもしれないけど……、ともかく、ゆに子も照れんな!」
全身全霊でツッコミを入れると、ヒロシはまたしても大げさなため息を吐いた。
「まあ、今日も言いたいことはまだたくさんあるけど……、どう考えてもユニコーンは恋人枠じゃないだろ……」
「ヒヒィン……、ブルルルッ……」
「ふむふむ。えーとね、ヒロシのことをすごく気に入ったから、恋人としてじゃなくても、側で役に立ちたいって」
「役に立ちたいって……、通勤のときに背中に乗せてくれるのか?」
「ブルルルルッ! ヒヒィン」
「うんうん。えーとね、さすがに現代社会で、ユニコーンに乗って疾走するのは現実的じゃないから……」
「ファンタジー生物に、現実的がどうこう言われたくねーよ!」
「もう、話は最後まできいてよ! その代わり、解毒能力のほうでヒロシの力になってくれるって」
「解毒、能力?」
「うん。ユニコーンには、水を浄化する力があるんだよ」
「へぇ、そうだったのか……、なら、浄水器的な働きをしてくれるのか?」
「ブルルッ」
「ううん、違うよ」
アツシとユニコは、同時に首を横に振った。
そして――
「勤めてる会社で取り扱ってる、『安心安全のお水がいつでも飲めるウォーターサーバー』を、格安でレンタルさせてくれるって」
「ヒヒィン!」
――わりと、乗ったらダメなタイプの話を切り出した。
ヒロシは頭を抱えながら、力なくうつむいた。
「……もう、帰ってくれ」
「ヒヒィン! ヒヒィーン!」
「えーと、『どうか、そうおっしゃらずに! 今ならなんと、月々千五百円(税込み)ですから!』 だって!」
「いいから、帰れよ!!」
かくして、マンションのリビングには、ヒロシの悲痛な叫び声が響いたのだった。
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