PC01

尾八原ジュージ

偽教授接球杯Story-2

※このエピソードは自主企画「偽教授接球杯」のために書かれたものであり、当企画の主催の方と交互にエピソードを書く「キャッチボール小説」の一部です。従って、偽教授氏によって書かれた以下のエピソードの続きとなっています。


「偽教授接球杯Story-1」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893829031/episodes/16816700429531560495


以上を踏まえた上でお読みくださいますようお願いいたします。


====以下本文====


 見るからに異様な眺めだった。まるでホテルの宴会場のような豪華な部屋に、大きなテーブルに見合った御馳走の数々。おまけにそれらはたった今配膳されたかのように、ほかほかと湯気をたてている。


 背中にぞっとする寒気が走った。雨に濡れて寒かったからというのもあるが、決してそればかりではなかった。


 動揺しながらも、おれはあらためて部屋中を見回した。


 最初に考えたのは、どこかに監視カメラが仕掛けられているのではないか、ということだった。目的はわからないが、とにかく何者かがこの食卓を整えたのだ。玄関が施錠されていなかったのも、わざととしか思えない。外から人間をおびきよせ、そしてこの異様な状況にどう対応するかを観察している……いうなれば、ドッキリカメラではないかと思ったのだ。おれの頭では、それくらいの種明かししか思い浮かばなかった。


 全身が冷え切ったおれの目の前には、おあつらえむきに温かそうなスープの器があった。何のスープなのかはわからないが、ミネストローネのような赤色をしており、ジャガイモに似た白いものが浮かんでいる。芳香が鼻をつき、散々力仕事をしてきたおれの腹が盛大に鳴った。食べ物の誘惑がこれほど効いたことは一度もない。だが、おれはまだそれらに手をつけるのをためらっていた。


 やはり人を探した方がいい。何もわからないうちにこの食事に手をつけてしまうと、何か取返しのつかない、おそろしいことが起こる。そんな予感があった。おれはもう一度声を張り上げた。


「どなたかいらっしゃいませんか!」


 返事はなかった。物音がしないかと耳を澄ませてみたが、大粒の雨と強い風が窓を叩く音にかき消されてしまう。


 ほかに何かないか……おれは改めてテーブルの上を注意深く観察することにした。見るからにうまそうな、しかし見たことのない料理ばかりが並んでいる。そのとき、テーブルの中央付近に、見るからにこの場に不釣り合いなものがあることに気づいた。


 車の鍵だ。


 ここに来る途中でエンジンが故障し、仕方なく乗り捨ててきた古い国産車。ここに来るまでにどこかで落としてしまい、しかし暗さと悪天候ゆえに一旦は諦めた車の鍵。林立するグラスに隠れるようにして置かれているその鍵には、使い込んで変色した革のキーホルダーまで付いていた。


 間違いなくおれの車の鍵だ。いつからそこにあった? 俺が気づかなかっただけで、最初から置かれていたのだろうか? 誰が? いつ? どうして?


 そのとき、ゴト、と音がした。


 おれは音のした方をゆっくりと振り向いた。


 今しがたおれが入ってきたドアの前に、配膳用のワゴンが置かれていた。ドアを開ける音も、誰かがやってきた気配も感じられなかった。まるでそこに突然ワゴンが現れたかのようだった。


 ワゴンの上には大きな皿が置かれ、銀色のクローシュが被せられていた。まるでメインディッシュがようやく到着した、という感じだ。おれは導かれるようにワゴンに近づき、クローシュに手をかけた。頭の中で警鐘が鳴っていた。やめろ! それを開けるな! 中身を見るな! やめろ! 何者かが叫んでいるような気がした。しかしそれに逆らって、おれはクローシュのつまみに手をかける。怖ろしかった。中身を知らないままに放置しておくのが、どうしても厭だったのだ。おれは皿の上からクローシュを取り去った。


 人間の手首があった。


 切断された右手首の人差し指には、目立つ金の指輪がはめられていた。小指が異様に長いその手の持ち主を、おれは知っている。かすれた悲鳴が喉の奥からこぼれた。おれの手からクローシュが落ち、毛足の長い絨毯の上に音もなく着地した。


 確かに埋めたはずだ。


 この手の持ち主を、おれはさっき、森の中に埋めてきた。


 雨脚がいっそう強くなった。

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