君の夢に灯したら

おくとりょう

偽教授接球杯Story-2

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054893829031/episodes/16816700429531560495


―――――――――――――――


「(……おい、木暮……起きろ)」


「……っ?!」


 後ろから脇腹をつつかれて飛び上がると、ちょうどこちらを向いたQPキューピーと目が合った。

 QPとは、数学の小川先生。その特徴的な髪型から『QPキューピー小川』なんて可愛いあだ名をつけられてるくせに、校内で一番怖い。


「……やる気満々みたいですね、木暮くん?」

 丸眼鏡の奥の乾いた目。言い訳を探して視線を泳がせているとチャイムが鳴った。


「……。じゃあ、次回の授業は木暮くんからだから。ちゃんと予習しておくように」


 …とりあえず、助かった。ホッとして座り込むと、教室内にガチャガチャと机の音が響く。

 そうか、もう昼休みか。


「ごめん……木暮がくすぐったがりなことをすっかり忘れてたよ」

 ぐるっと後ろを振り向くと、後ろの席の山崎が申し訳なさそうに手を合わせていた。


「いや、起こしてくれて、サンキュっ!」

 そう返すと、山崎はまだ少し後ろめたそうにしつつも、顔よりでかい弁当を鞄から取り出した。

 野球部の彼はお昼用と早弁用に、このでかい弁当箱を毎日持ってきている。しかも、中身は肉や卵がいっぱいだ。

 いつも菓子パンで済ませる僕としては、この食欲はちょっと信じられない。


「…でも、木暮が授業中に居眠りなんて珍しいね」


「んー…いや…寝てたんじゃなくて、こっそりこれを読んでたんだよ」


 紫の布表紙の本。

 亡き父の書斎で見つけたそれは、表紙も裏表紙も無地でタイトルすら書かれていない。また、ずいぶん古いものらしく、かなり色褪せていた。

 何となく気になって、こっそりもらった。…のだが、今朝登校したときに何故か鞄の中に入っていたのだ。


「えっと…何か…嵐の夜に…謎の建物に入る男の人の話なんだけど、山崎知ってる?」


「…ふぅん?ちょっと見せて」


 唐揚げを頬張る山崎が、お箸片手に本を開く。

 そのとき、ぶわぁっと強い風が吹いた。誰かが窓を開けたのだろう。ページが数枚、音を立ててめくれる。

 ただ、その風は何だか湿気っていた。外は突き抜けるような晴れ空なのに。

 風がおさまり顔を上げると、山崎はもう既に弁当をひとつ食べ終えている。


「相変わらず、食べるの早いな」

 そう笑って、あんパンを齧る。……いや、齧ろうとしたのだけど、さっきまで持っていたあんパンが無い。


「ちょっと!私の焼きそば盗ったの誰ー!?」

「あれ?ミートボールが…。最後に食べようと残してたのに…」

「俺のおにぎりも失くなってるっ!」


 教室にクラスメートたちの嘆く声が響く。

 僕はただ呆然としている山崎と顔を見合わせた。

 再び、本のページがパラパラとめくれる。今度は風も吹いてないのに。


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