大絡繰戦国絵巻

亜未田久志

第1話 風来坊


 此処は大絡繰おおからくりという大きな鎧を操り戦う武者の国「ヒノモト」。

 天下人「魔人ノブナガ」は腹心ミツヒデに討たれ、天下は三分割された。

 一つはミツヒデに、もう一つは、魔人のもう一人の腹心ヒデヨシに。そして最後は虎視眈々と力を蓄えていたイエヤスに。

 ヒノモトの国はまさに群雄割拠の地獄絵図と化していた――


 ●


 そこは血生臭い戦場いくさばだった。大絡繰の残骸だらけ。そこにまだマシな状態の大絡繰があった。一般的に使われている「足軽」だ。操り士が操り箱から這い出て来る。


「畜生……ミツヒデ軍の野郎に手も足も出なかった……!」


 嘆く男、そこに。


「おい、ちょっと悪いがこの足軽あしがる、貰っていくぜ?」

「……!? 誰だお前!? 大絡繰にも乗らずに戦場にどうやって!?」


 戦場には濃い瘴気が渦巻き大鎧無しでは人間は生きづらい。足軽から出て来た男も満身創痍で息も絶え絶えなのがその証拠だ。


「俺の『倶利伽羅くりから』は今、故障中でな、修理用の部品が欲しかったのサ」

「追いはぎか……タダでは渡さぬ!」


 侍の誇りか、刀を抜き、重い身体を引きずって、目の前の男を見据える足軽の操り士。

 一方、刀を向けられた相手は。


「そんな鈍らじゃ俺は斬れねぇよ。まあなんだ。戦国の世の常だ。その命、行きかけの駄賃に貰っていく」


 男も刀を抜く、操り士は見ただけで分かった。それがとんでもない業物だと。


「お前、そんなものどこで……名を名乗れ! 武将首だろうお前!」

「名乗るならまず自分からが礼儀じゃないのかね、まあいい名乗ってやるとも。冥土の土産だ。風来坊ノブナガ。それが俺の名だ。地獄で思い出しな」

「ノブナガ!? 魔人ノブナガと同じ名前、どういう、天下人ミツヒデに討たれたはずでは――」

「今の天下人はミツヒデなのかい? 厄介な。まぁいい、あんたとのお喋りもここまでだ。俺は魔人じゃない。ただの風来坊サ」


 一閃、剣戟の隙も無く、男を袈裟斬りにするノブナガ。


「くそ、無念……」

「息絶える前にアンタの名、刻んどこう」

「……ヤヒコ」

「ヤヒコ、俺はお前の命の分まで天下を取るぞ」


 ヤヒコは息絶えた、足軽に乗り込むノブナガ。


「こいつは保存状態もいい、倶利伽羅も蘇る……!」


 もう屍山血河と化した戦場を悠々と進む、しかし残党が居た。いや違う、戦場泥棒だ。戦い終わった後の戦場を荒らす賊だ。そんな輩にノブナガは容赦しない。


「下衆が、足軽だと思って舐めやがって大事な部品だこれは」

『うひひ! そいつを置いてきなァ!』

「――」


 相手は三体、賊が使う大絡繰は「いぬ」と呼ばれる。

 それらを相手取り大立ち回りを繰り広げる。まずは真っ直ぐ向かって来た一体を前に飛び越し踏み台にする。そして後ろに二体目に足軽の槍を突き刺す。中型の鎧甲冑である足軽の装備は長い槍だ。それは狗の操り箱ごと操り士を貫き、骸と変えた。そして残る二体、短刀を構え、素早さで翻弄しようとしてくる狗をノブナガは軽く躱す。そして返し技で相手の背中に槍を突き刺す。これで残るは一体。


『嘘だろ……こいつ敗残兵じゃないのか……?』

「賊よ、お前の名はいらねぇ。ただ俺の名前は刻んどけ。風来坊ノブナガ。後の天下人だ」


 哀れ、恐怖に身をすくませた賊を槍で一刺し。それで決着は着いた。ノブナガは戦場の近くに隠していた倶利伽羅の元へと帰る。


「帰ったぞキチョウ」

「旦那様、首尾は如何様で?」

「上々だ、ほぼ無傷の足軽を手に入れた。操り士の精魂が先に尽き果てたのだろう」

「それは可哀想に、名はなんと?」

「ヤヒコ、お前も覚えておけ」

「はい」


 そして二人の目の前に鎮座するのは大剣を携えた真っ赤な大型の鎧。足軽とは装飾の豪華さが違う。ボロボロになってはいるもののその輝きは衰えない。


「しかし風来坊に女房がいていいものかね」

「あらご不満?」

「んな事ないさ。さ、倶利伽羅の整備を始めよう。天下取りの戦が待ってる」

「それですが旦那様、どこから攻めるおつもりで?」

「無論、ミツヒデ」

「やはり恨んでおいででは?」

「弱いところから討つまでさ」


 倶利伽羅にせっせと足軽の装甲を付け足していく二人。かなりの重労働だが、汗もかかない。よほど手馴れているか、体力馬鹿かのどちらかだ。

 あっという間に倶利伽羅は深紅の輝きを取り戻した。


「これでいつでも戦に出られるな」

「はいな、倶利伽羅は我が家の無敵の刃、旦那様と在れば斬れぬものなどございませぬ」


 倶利伽羅に乗り込む。副座式の操り箱。世にも珍しい品だ。


「炉に火を入れろ、瘴気をくべるんだ」

「言われなくても」


 倶利伽羅がごうんごうんと轟いて動き出す。大太刀を携えて、むくりと立ち上がる。表へ出る。屍の山超えて、目指すはミツヒデの地。遠き旅路となるか。立ちはだかるものは何者ぞ。二人はただ、倶利伽羅に身を任せ、国盗りせんと突き進む。


 ●


 戦場を後にしてから一日が経った。食料の干し肉も底をつきかけていた。


「まずったな、もつかキチョウ?」

「ええ……それより旦那様こそ」

「武士は食わねど高楊枝ってなァ。まァいい。そこら辺のオロチでも狩ろうや」

「うぇ……オロチ」


 オロチとはヒノモトのアヤカシだ。その肉は……まあ食えないこともない。アヤカシは戦場の瘴気に釣られやってくる。それが奴らの餌なのだ。


「噂をすればなんとやらだ。うにょうにょ向こうからおいでなすったぜ」

「……はいな」


 黒い巨躯をうねらせてオロチがその姿を現す。その体躯は足軽とさして変わらない大きさであった。


「シャアアアアアアアアアアア!!」

「奴さんやる気だぜ、倶利伽羅の瘴気を喰らう気だ」

「降りかかる火の粉ならば払いましょう」


 大絡繰は炉心に瘴気を燃料に火を入れて動いている。まさに戦場でしか使えぬ最終兵器。オロチは身体をくねらせて飛び掛かって来る。

 それを大太刀で受け止める倶利伽羅、しかし。しゅるり。巻き付かれてしまう。斬りかかる暇も無く身体を締め付けられる倶利伽羅。


「チィ! 燃え上がれ! 倶利伽羅ァ!」

「炉心開放! 気炎万丈!」


 ノブナガとキチョウの雄叫びと共に倶利伽羅が燃え上がる、大気を焦がし、オロチを焼く。たまらずオロチは悲鳴を上げて燃える鎧武者から離れる。

 大太刀を構え大上段から斬り裂く。オロチは牙をたてたが、それは折られ、大顎から尾の先まで真っ二つにされた。


「あの世で、いや、俺の腹の中で、奥の手を使わせた事後悔しなァ」

「やっぱり食べるおつもりなのですね……」

「いい具合に焼けてるじゃねーか」


 死んだオロチを細切れにした後、倶利伽羅をひざまづかせてから降りる二人。

 瘴気を喰う化け物を瘴気で炙って斬って喰う。それはもう人の業というよりノブナガの素行の悪さというか、育ちの悪さというか、やはりこいつは魔人ではなかろうか。


「時代変転の今世にて、旦那様はどう過ごすおつもりで?」

「ん? いったろ、まずはミツヒデを討つんだよ」

「その後にございます」

「んあー、風来坊には難しい質問だなァ」


 オロチの肉を喰らって腹いっぱいになったノブナガは楊枝で歯の間をこすりながら。


「そうさなァ、天下取ってんでもって、俺をに、それこそあれだ『恩返し』に行こうかねェ」

「あらま怖い」

「こんな旦那は嫌かい?」

「滅相もございませんわ」


 それはそれとしてキチョウはオロチの肉を残した。


「いよいよ、最初の町だなァ、倶利伽羅はどこに隠す? 瘴気の予備はまだまだあるが」

「あの山にいたしましょう、下りるのにもさほど時間もかからないかと」

「応よ」


 倶利伽羅の巨体を山に隠し、町へと出る風来坊とその嫁。その町はミツヒデに支配されただった。

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