夢鏡蔓
人間を眠っていると錯覚させながら実際には寝かさずに、決してその身に宿らない花を咲かせようと眠りの力を奪い続ける蔓の妖怪。
攻撃力はなく体内に寄生するのみ。
憑かれた人間に飲み薬を与えれば、身体の表面から浮かび上がって体内から排出し、無害の種に戻る。
「攻撃してくるはずなんてないんですけど、あなたの仕業ですかね?」
瀧雲の診療所前にて。
夢鏡蔓の治療を無事に終えた道花を待合室に布団を敷いて寝かせて、道花の自宅に連絡を入れ、道花の母親にこちらに来ている旨を伝え安心させてのち、診療室の向こうの治療室に意識を向けただけで声をかけずに外に出た。
すれば、夢鏡蔓の残骸が未だ地面に横たわっていた。
幾重もの蔓で攻撃してきたからと言って、棘も凹凸もない平坦な表面に中は空洞で重量もなく、さほど早くもなく攻撃力も弱いので簡単に捉えられ、根気よく丁寧に引きずり出せばよく対処は楽なものだったが、そもそも攻撃すること、未だ種に戻らないのも不可解だった。
ので。
瀧雲は尋ねたのだ。
静かに、礼儀正しく歩を進めては、夢鏡蔓の残骸の前で佇むジイに。
「いいえ。私はなにもしておりません。ただ、あなたに来られるとすぐに収められたでしょうから、時間稼ぎに利用させてもらおうと思っていただけですよ」
「つまり、夢鏡蔓の異変には気づいていたわけですか?」
「そうです」
「異変にあなたは関与していないと?」
「はい」
瀧雲は重く感じる上瞼を僅かに下ろし、腹の辺りで腕を組んで、ジイを直視した。
おぼろげに見える輪郭をしかと捉えるように。
「ジイさん。と呼んでおきましょうか。私を覚えていますか?」
「ええ」
瀧雲は目を眇めた。
少しだけ似ていると思った。
受け入れてくれると信頼できるやわらかい雰囲気が。
あらゆる物事に柔軟に、器用に、淀みなく対処できるしなやかさが。
心地よくて、傍にいたくて、危険だと察知しても、背を向けられても、離れられない、考えてしまう、心配してしまう、憎み切れない。
(だから惹かれた、わけではないのですが)
刹那、意識を治療室にいるであろう珊瑚に飛ばしてのち、目尻を下げた。
「眠れていますか?」
答えはわかっていたが、瀧雲はあえて尋ねれば。
「いいえ」
ジイは目を細めて、明言した。
一度目は。
二度目は、おぼろげに。
「いいえ。私は、眠れていない。だからきっと」
一筋の涙は錯覚ではないだろうと、瀧雲は理解していた。
その涙で崩れゆく輪郭を必死に留めようとしているのだと。
「殺しても構わないと思ってしまった」
以前はしかと見えていた細いけれど決して断ち切れないと断言できるほどに、きれいで、艶やかで、しなやかだった輪郭を成す線が今や、引き千切れんばかりに、色を失くし、あちらこちらほころびているように見えて。
瀧雲は悔しくなって僅かに顔を歪めた。
(2022.2.26)
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