特殊眼鏡
俺は何かを。
誰かを忘れているような。
緑山家にて。
二階の自室にいた珊瑚は扉の叩く音が聞こえてきたので、どうぞと言った。
入るぞと言った神路は部屋に入って静かに扉を閉め、回転椅子に座って机に置いてあるパソコンと向かい合う珊瑚の後ろに立った。
画面に映されているのは料理一覧表だが、珊瑚がかけている特殊眼鏡には違う、神路が求めている情報が見えているらしい。
珊瑚は情報管理を徹底していた。
雇い主である神路にもこうして情報を見えないようにするほどに。
神路は知りたい情報だけを教えてくれる珊瑚に、情報を隠蔽しているのではという危惧を一度たりとも抱いたことはないが、心配はしていた。
抱えさせ過ぎているのではないかと。
けれど、珊瑚の情報収集力を大いに頼りにしている以上、負担を減らせてやることはできなかった。
不甲斐なくも。
「悪いな。そっちは任せきりで」
「ううん。ただまだ見つけるのには時間がかかるかも」
「ああ、構わない」
珍しく疲れを乗せた声音に、珊瑚は特殊眼鏡を外して机に置き、椅子を回転させて座ったまま神路を見上げた。
「神路さんが抱えているもう一つの仕事も手伝うよ」
「………珊瑚」
「うん?」
不思議な人間だと、つくづく神路は思った。
ここまでなんでもそつなく器用にこなせる。
気負いや疲れをまるで感じさせず。
否。
本当に感じていないのだろう。
恐らく、呼吸するように、なんでも当たり前に、自然とできてしまうのだ。
超人とも、言えるのだろう。
妖怪の自分たちでさえも、甘えさせてしまう。
預けても、もたれかかっても大丈夫なのだと思わせてしまう。
負担はないと。
けれど。
神路が滲ませた微苦笑は、思わず見惚れてしまうほどに色気が仄かに香っていた。
「おまえに頼っている手前、どうこう言える立場にはないが。俺も情報収集の玄人だと自負している。それに俺が調べているのは、仕事と私事の境界線が曖昧なものだ。おまえに手伝ってもらうものではない」
「うん」
(謝らないのも、俺を立てているんだろうな)
できすぎていて、少し卑屈な感情が顔を出すも。
珊瑚のやわらかい雰囲気が即座に消し殺す。
(やれやれ)
胸中で首を振ってのち、神路はやおら真顔になった。
「珊瑚。もしかしたら、凛香に危険が及ぶかもしれない」
「うん」
(俺は、少しだけおまえが怖い)
姉の危険を知らせてもなお、やわらかさを一切失わないおまえが。
「梨響が傍にいるから大丈夫だよ」
「ああ。そうだな」
(2022.2.2)
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