コーン




「ごめんなさい。怒らせちゃって」


 一直線の廊下の奥へと姿を消した壮史の靴を直して、失礼しますと一礼をして皆に後姿を見せないように横向きで靴を脱いで玄関を上がり、壮史を追おうとしたジイを凛香は呼び止めた。

 灰髪の七三分けで、ちょび髭を生やし、タキシードを着ているジイは目尻に小さな皺を作りながら、いいえと笑った。


「壮史さまは照れているだけで怒ってはいませんので。もしかしたら今後も似たようなことが度々起こるかもしれませんが、普通に接していただければ嬉しいです」

「わかりました」

「ありがとうございます。では、壮史さまを迎えに行きますので、失礼します」

「ジイ殿。俺も一緒に行きます。珊瑚。凛香に説明を頼む」

「うん、わかった」


 神路が先導してジイと共に廊下の奥へと向かうと、珊瑚は遅まきながら凛香にお帰りなさいと言って、手洗いうがいを済ませて、台所の椅子に座ったところで説明をした。


 壮史が警護対象者であること。

 ジイは壮史の世話役であり、常に行動を共にすること。

 二人は二週間この家で寝泊まりすること。


「神路がこの家に警護対象者を連れて来るのって初めてだよな」

「うん。よっぽどお願いされたんだろうね」

「そっか。じゃあ、客間で寝泊まりしてもらうのか?」

「うん、もう用意はしているから」

「なあ」

「うん?」


 凛香はケチャップと卵の匂いから、今日はオムライスかなと思いながら、ふと、口をやわく開き直して、どうしようもないことを尋ねようとしたのだが。


「コーンスープだよな?」


 結局、違う質問を投げかけてしまった。


「うん、だって凛香好きでしょ。クルトンよりコーンが」

「珊瑚は?」

「僕もだよ。もう、弟の好物を忘れるなんて、ひどいなあ」

「悪い悪い」


(俺にできることはないか、なんて。あるわけないのに。余計な仕事を増やすだけだし)


 着替えてくる。

 そう言って台所を後にする凛香を、眉尻を下げて見つめる珊瑚であった。











(2022.1.12)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る