診断結果
台所に戻って来た梨響はよほど腹が減っていたのだろう。
超特急でスパゲッティとサラダを平らげたかと思えば、大きな欠伸をしながら離れへと戻って行った。
「じゃあ、俺。風呂に入ってくるから」
梨響と神路は近くの銭湯に通っていて、家の風呂を使うのは珊瑚と凛香だけであったので、凛香は神路に伺いを立てることなく風呂へと一直線に向かおうと席を立った。
「うん。すごく癒されたからゆっくりしてきてね。ありがとう、凛香」
梨響とほぼ同時に台所に戻って来て梨響の夕飯の支度をして、梨響が食べる傍ら瀧雲と凛香とゆったりと談笑していた珊瑚は座ったまま凛香を見送った。
「ああ。師匠、ごゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
珊瑚の隣に座っていた瀧雲も座ったまま、凛香を見送った。
「どうですか?」
シンと静まり返ったところで、椅子ごと珊瑚の方へと向いた瀧雲。珊瑚の目元へと軽く押し曲げた人差し指を当てて尋ねると、珊瑚はやわく笑い、顔だけを瀧雲へと向けた。
「いやだなあ、瀧雲さん。五日前も言ったでしょう。大丈夫だって」
「あなたは不調を隠す天才ですから。きちんと会って話して確かめないとわからないんですよ」
「じゃあ、診断結果はどうですか?」
「では、きちんと私の方に身体を向けてくれますか?」
「わかりました」
瀧雲は珊瑚から人差し指を離した。
珊瑚は言われた通り瀧雲へと身体を向けて、瀧雲の目をじっと見つめた。
「ふむ。今は大丈夫そうですね」
「瀧雲さんのお世話になるのはあの一度きりですよ」
「改めて聞きますが、幼い頃はどうともなくても、年を重ねていくにつれて認識が変わり、今になって苦しみ、不眠に繋がった。ですよね」
「はい」
「解決はしていないでしょう」
「はい。でも、瀧雲先生のおかげでぐっすりですから」
「根本的に解決しないとまた不眠になりますよ」
「大丈夫ですよ」
「凛香と話す気は皆無ですか」
やれやれ。
やおら頭を振った瀧雲。ふっと、すべての力を抜いて、目を細めた。
「心配しているんですよ。世界中の誰よりも。叶うのなら思う存分甘えさせたいんですけどね」
「いやですよ。瀧雲さんに思う存分甘えたら、きっとぐずぐずになって自力で元に戻れなくなる」
「大丈夫ですよ。私が元通りにしますから」
「いやです。何かを仕込みそうで怖いから」
「おやおや。信用されてませんね」
「はい。とっても」
珊瑚は一度目を伏せてから、視線を瀧雲に戻し、影があり、また儚くもある笑みを向けた。
「とっても、あなたは僕にとって怖い存在です。凛香と同じくらい」
(凛香と同じくらい、ですか)
正直物足りないが、十分なのだろう。
何でもかんでも無理なく器用に対応できる珊瑚に、ここまで言わせたのだ。
(今は。十分としましょうか)
瀧雲は椅子を後ろにずらして、立ち上がった。
「きっと凛香はレモンの入浴剤が気に入って浸かりすぎていると思いますので、声をかけてきますね」
考えていたことを読まれたのかと思った珊瑚。僕が声かけをしますと言ったところで聴いてはくれないだろうと判断して、素直にお願いしますと言った。
「はい」
嬉しそうに返事をしながら瀧雲が立ち去ったのを見届けてから、立ち上がろうとした珊瑚はしかし、すんなりと立ち上がることはできずに、テーブルに額を当てた。
こつんと、小さな痛みが生じる。
「だからあなたは怖いんですよ。僕を唯一、だめにする」
(2022.1.5)
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