君という物語。

しゅうやま

物語の始まり

 「あなたは、誰ですか?」


 病室でそんな一言が耳に聞こえた。

 自分の聞き間違いかと思ったが、彼女はまた同じことを繰り返し発言した。

 目の前には、ベッドから起きあがろうとしている彼女と、顔を涙でいっぱいにしている両親の姿があった。

 医師と看護師の人たちが顔を俯いていた。

 そして、医師の人が喋り出した。


 「青海遥香さんは交通事故の影響で脳にダメージ

  を受け、記憶喪失になられたと思います」


 その瞬間、頭が真っ白になり、気がついたら自分の手が医師の両肩を掴んで泣いていた。そして、僕の方を向いて、話を続けてくれた。


 「今の状況から判断して、おそらく家族や友人、

  自分自身のことさえも分からないと思います。

  しかし、失った記憶が戻るケースも確認されて

  ありますので、ひとまずは安静に過ごすことが

  第一かと。」


 そして、頭を下げ医師と看護師は病室を去っていった。両親たちも彼女に、「また来るね」とだけ伝えて帰って行った。そして、二人きりになり何を話そうかと躊躇っていると、


 「あなたは、誰ですか?」


 こっちを見つめながら、そう問いかけられた。

 これを聞くのは何回目かなと思いながら、答えようとしたが口が動かなかった。簡単な質問のはずなのに。「遥香の恋人だ」そう、答えるだけでいいはずなのに。もう一度、言おうとしたがやはり口が動かなかった。でも、理由はだいたい考えられる。

 恐れているんだ。目の前にいるのは遥香であっても遥香ではないからだ。拒絶されるのが怖くて仕方なかったんだ。だから、口の奥を噛み締めながらやっと言葉を発することができた。

 

 「秋山高校二年生の、天川海斗。

  君と同じクラスメイトだよ。」


 嘘をついた。でもこれでいいんだと思いながら、彼女の方に顔を向けるとまばたきをして、笑顔になり、


 「同じクラスメイトの人だったんですね。

  私の名前は青海遥香です。これから、

  よろしくお願いします。」

 

 元気よく、以前と喋り方が違うが話してくれた。

 それで、十分だ。生きて目の前にいてくれる。

 また一緒に学校で、屋上で、公園で話したりすることができる。最初の関係に戻っただけだ。

 恋人じゃなくていい。友達でいい。彼女が、失った記憶は僕が覚えておく。ここからはまた新しい、

 君という物語を一緒に作っていこう。

 そう思った。

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君という物語。 しゅうやま @shuta1107

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