【私が犯したもうひとつの罪】

『先生には、しょうらいの夢について書きましょう、と言われたのですが、あまり書くことがありません。

 どうしてかというと、わたしには夢が無いからです。

 なりたいしょく業もないし、りっぱな大人になれるのかも、わかりません。

 それでも。

 それでもわたしは、たった一つだけなりたいものがあります。


 それは、およめさんです。


 わたしは、三嶋くんのことが好きです。大人になったら、彼のおよめさんになりたい。

 大人になったわたしは、今でも三嶋くんと仲良くしていますか?


 もりかわすみれ』



 こういった類の文面が出てくることは、ある程度予測できていた。

 あまりにも純粋で、あまりにも真っすぐな手紙の文面が、自責でいっぱいの心をさらに抉った。出来心で読んだことを、激しく後悔した。



 バス事故があった日の翌日、私は一度だけ、菫の病室にお見舞いに行った。そこで私は更にひとつ罪を重ねる。

 その日、菫の意識はまだ戻っておらず、見舞いの花だけを置いて帰ろうと花瓶に生けている時、ベッドのヘッドボードに置いてあった彼女の携帯電話が目に入った。


 あのメールアドレス、まだ消去していない。


 失念していた自分に気が付き、どろりとした不快感が胃の中からこみ上げる。

 周囲の目を盗み、携帯電話を拾い上げて確認すると、案の定、蓮からの着信履歴が数度にわたって残されていた。

 いま、二人が連絡を取り合えば、私の罪が暴かれるかもしれない。恐怖から全身の毛が逆立つなか、全ての着信履歴を震える指先で消去した。素知らぬ顔で、端末を元の場所に戻した。

 蓮に知られるのが怖い。

 彼が気が付くその日まで、菫のことは言わずにおこうと思う。

 病室を出て歩きながら、架空のメールアドレスを二つとも削除した。

 よし、と一先ず安堵する。安堵はしたが、私の心はそれほど晴れそうになかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る