第三章「嘘つきな私のニューゲーム」
【それは、持っている人間なりの苦悩】
周辺を、
そんな仙台市で暮らした小学生時代を通して、私は学校一の美少女という評価を獲得し、その高評価が皮肉にも、総じて私を不幸にした。
霧島さんの見た目って、『非現実的』だよね。
霧島さんってなんか、『造り物』めいて見えるよね。
そういった、遠まわしなやっかみの言葉を、同級生からも、周囲の大人たちからもかけられた。
学校で行われる文化祭や運動会など、自分と他の子どもたちとの差が浮き彫りになるイベントが、とにかく苦痛だった。
私は望んでいないのに、まわりの空気が変わってしまう。男の子たちはチラチラとこちらをうかがってくるし、大人たちはそわそわとし気もそぞろ。身体測定や文化祭などでは、女の子の大半が不機嫌になって私の陰口を叩いた。
集合写真で並ぶとよくわかるのだが、私の顔はクラスメイトの誰よりも小さい。手足は誰よりも細く色白で、
そのため、ランドセルを背負いただ歩くだけでも様になる。道行く男子高校生や大人たちが、みな驚いた顔で振り返る。イタズラに注目を集めることで、私の心はむしろ傷ついた。
容姿が変われば解決するだろうかと、日焼けをして真っ黒になってみた。暴飲暴食を繰り返し、太ってみようと画策したこともあった。
ところがそういった試みも、全て失敗に終わる。
日焼けをしても肌は赤黒くなるばかりで、適正量を超えた飲食は、強い吐き気となり自分に返ってきた。結局体重も、更に落ちるという悪循環。
日焼けした黒い肌ですらも、『個性』として、より好意的に受け止められる始末だった。
もしもこの世界に、持っている者と持たざる者。二つの人種がいるとするならば、私は明白に、『持っている』側の人間だった。
整い過ぎた容姿をもって、私は眩い光のごとく存在感を放ち続けた。クラスメイト全員が、まるで腫れ物を扱うかのように、慎重に私と接した。
そのため私は、様々なものを持っている女の子でありながら、意外にもクラスでは孤立していた。友人関係の大半は、薄っぺらい上辺だけの付き合いだった。
見た目で評価されることを、私は誰よりも嫌い。見た目以外の何かでわかりやすく評価されることを、人一倍強く望んだ。
自分の悩みを理解して欲しいとは思わないし、求めない。
きっとそれは多くの人たちにとって、『贅沢な悩みだ』と断罪されるべき内容なのだろうから。
小学六年生にして私は、そんな結論にまで達していた。
そんな中、私を正しく評価してくれる『例外』が、三人だけ存在していた。
ひとりめ。
家が隣同士の同級生、
幼馴染と呼んで差し支えない彼とは、実に様々なことをして遊んだ。
女の子同士のコミュニティでは決して体験できないであろう遊び。たとえば、スカートをまくり上げての川遊びであったりとか、裸足で木に登って行う虫取りやアケビ取りなどだ。
普段は、スケッチブックに絵を描いている方を好む物静かな彼も、私といるときばかりは、禁欲的に遊んでくれた。
これは、小学校三年生の頃の話。
川遊びをしていて転んだ私たちは、全身ずぶ濡れになってしまう。彼の母親に薦められるまま二人でお風呂に入ったことは、今では完全に黒歴史だ。
その時ばかりではない。彼は、決して私を『特別な異性』として扱わなかった。
二人で過ごす時間は実に心地良く。私が彼に惹かれていったのも必然だといえる。
ふたりめ。
四年生から五年生にかけて担任だった、女性教師。
教師の全てが好きだったわけじゃない。むしろ、男性教師は概ね苦手だった。
授業中に指名されると、答えの成否に関係なく私は絵になってしまうようで、授業参観があると、自ずと指名される機会が増えた。そしてそのたびに、羨望と嫉妬の双方を集めることになるのだ。
男性教師の大半は、色眼鏡を掛けて私のことを見る。ゆえに、どうしても好きになれなかった。
そんななか、その女教師だけは違った。
特別、綺麗な先生ではなかった。だが、非常に親しみやすい容姿を持ち、場の空気を和ませるのが上手かった。まわりに対して、どこか壁を作る癖があった私を、時には厳しく叱り、時には優しくフォローした。
私の存在が際立つことで、場の空気が変わり居心地が悪くなると、先生が巧みに緩和してくれるのだ。目立ちたくない、という私の気持ちを
決して私を特別扱いしない先生の一挙一動を手本として、クラスメイトたちが、私の扱い方を学習していくようですらあった。先生の言動が、差し詰め私の取扱説明書となって。
先生が担任になってから、学校生活で息苦しさを覚えることが減った。ごく自然に私は、先生に対して、恋焦がれる感情にも似た憧れを抱いた。
将来の夢が『教師』になるまで、それほど多くの時間を要さなかったのだ。
さんにんめ。
私にとって唯一無二ともいえた親友──森川菫。
今にして思うと意外なのだが、当初、私と菫の接点は非常に薄かった。二人の家はわりと遠かったし、性格だって、ほぼ真逆だったから。
菫は、大人しいを通り越してやや暗い性格で、私のほかに友達がほぼいなかった。彼女と一緒に過ごす時間、どんな話題で会話を弾ませていたのか、今一つ思い出せないほどには。
それが薄っぺらい仮初の友人だとしても、それなりの数友達が居た私と比べ、何から何まで、彼女は正反対だったように思う。
それなのに不思議なもので、私に欠損しているパーツをごく自然に埋めてくれるように、菫の存在そのものが、隙間だらけだった私の心にカチンと嵌った。
これまで述べてきた、大切な存在全てに共通することなのだが、彼女も私のことを特別視しなかった。
もしかすると、元来、他人と過干渉しない性格なだけかもしれないが。とにかく、他の女子達とは全然違った。
私がどれだけ周囲の注目を集めても、嫉妬したり、からかってくることはなかった。露骨な陰口に私が苛立ち、刺々しさを滲ませたとしても、彼女は決して私の側を離れることはなかった。
常に自然体である彼女と居る時間は、得も言われぬ心地よさがあった。彼女が多少積極性を欠いていたとしても。それでも。
また菫は、どこか私と似た要素を持っていた。
艶のある髪。ぱっちりとした丸い瞳。整った容姿を持つ菫は、男子の目をよく惹いた。その事実を決して鼻にかけなかったし、奇異の眼差しを向けられるのを嫌っていた。
お互いに正反対でありながら、どこか似た者同士。
それが、二人の関係性を示す言葉として、たぶん最適だった。
それなのに、私は菫に嘘をついた。
一生かけても償いきれない裏切り行為だ。
あの日から、蓮とはより一層余所余所しくなった。私が顔を合わせないように避け続けてきたから。菫が引っ越したのをこれ幸いと、彼にアプローチするほど私だって人でなしじゃない。
会いたい。本音を言えば、今からでも菫に謝りたいし、蓮を交えて三人で楽しく会話がしたい。
でも、やっぱりそれは怖い。
私は二人に対して、本当に酷いことをした。今さらどの面を下げて、私はこんな告白を二人にしたらいい? 謝りたい。けれど、謝るのは怖い。相反する二つの感情で心はぐちゃぐちゃで、ちっとも纏まりがつかない。
それに、謝ったところで、菫が失った人生は戻ってこない。
それこそ、中学時代からやり直す以外に、どうしようもないじゃないか。
次第に、大人への階段を登りつつあった中学時代。新しい環境に馴染もうと、私は必死に生きていた。
休み時間になると、喧噪で満たされる教室。開いている窓から満開の桜が見え、春の匂いが漂っていた。
四季とりどりの姿を見せる、櫻野学園の校舎。
夏。教室の窓から爽快な夏空を望み。秋は校庭の片隅が落ち葉で黄金色に染まった。滅多に積もらない雪で校庭が銀世界になると、窓から身を乗り出してみんなが歓声を上げた。
楽しいことも辛いことも色々あったはずなのに、結果として中学時代の三年間は、くすんだ灰色になってしまう。それもすべて自業自得だ。
それでも気持ちを切り替え、私は必死に生きてきた。絶望の淵に立たされモノクロに染まった未来も、教師になるため奔走し、景と恋をしているうちに薄れていった。
それなのに、どうしていま、こんなに胸が痛むのか。
素っ気ない景の態度を見るたびに、身勝手な彼の振る舞いに憤るたびに、『彼が蓮だったら』なんて思ってしまう。
あの時もっと素直になれていれば。別の選択肢を通せていれば。今とは違う未来があったかもしれない。
間違いなくそれは、今よりももっと素敵で楽しい未来だったに違いない。
景と交際をして、やがて同棲を始めることも。教師になる夢を叶えたのに『霧島先生の彼氏って、紐なの?』と囁かれて心がささくれだつことも。仕事をしない景に憤ってケンカをする事も。浮気をされる事だってなかっただろうに。
私の恋人は蓮で、菫は変わることなく私の親友で、楽しい毎日を過ごしていたのかもしれないのに。
あの頃に戻れたら、なんて、ありもしない妄想をしてしまう自分が――たまらなく嫌だ。
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