許されたかった。
ねも
許したくなかった
マンションの非常階段を小気味良い音を鳴らしながら一歩づつ上ります。
グレーのコンクリートと容赦なく吹き荒れる夜風が深夜一時の私の体温を奪っていくけれど、今の私にとってはそれすら興奮材料です。
何しろ心部体温は高いですから。深部体温だっけ。なんでもいっか。
好きだった歌を口ずさみ、7と書かれたプレートを通り過ぎました。
命の無い彼女が歌っていた曲ですが、私が歌うと味気ないです。音楽の授業出てたらもう少しましでしたかね。
そういえば、今年の出席番号だったな。六番。
中学一年の時仲良くなったのは七番の子でした。良い子です。
みんなが死んだように寝静まる夜、足元の黒い靴が少し高めの音を出すのがなんだかおかしくって、少し口角が上がりました。
私には人間というものがよくわからなかったんです。
私から見た人間は
幼い頃は誰かの、自分のヒーローになることを夢見て、周りに支えられて生きていく。
少し大きくなると夢はゴミ箱、未来の自分のために生きるようになる。前しか見ないその体に傷はついていたのかな。
背伸びが終わると衣食住のために、生きるために生きる。託したはずの時間はお金に消えていく。
腰が曲がり始めても、今の時代死ぬまで永遠にそのまま。
その癖、みんな幸せそう。
友達、家族を愛して。
好きなものと出会って宝物にして。
私、そんな幸せいらなかったんですよ。
独りになってもいい、住むところも着るものも食べるものがなくても。
紙とペンと感情があったらよかったんです、いつ死んでも。
生きるために生きるより、ずっと。
好きなことしか、やらなかったんです。
好きなことをやらずに私が生きていく意味が分からなかったのです。
凡人どころか、きっと人間にすらなれていないのでした。
遺伝子の何処かがいかれているのでしょうかね。
それとも私が壊してしまったんでしょうか。
まぁでも上の人に怒られちゃったんで、そんなことをする勇気も無くなりました。
大人しく、あるべき姿になろうと思います。
10のプレートが目に入り、次の踊り場で立ち止まりました。
ポケットに入れた一冊の本とルーズリーフ数枚を確認して右手に握りました。
そういうわけで。
齢十六にして私、
人間が頑丈な肉体を犠牲にして得たのが知性だとするなら、最大限の知性を生かせばなれる気がするので。
我儘な私が、人間になれる唯一の方法だったと思うのです。
低い手すりに右足を掛けました。
ブランコの周りの柵で遊んでいる気分で両足でまたがってから左足を上げて、柵の間のちょこっとしたスペースにつま先をおきました。
手すりをつかんだままの手でふと思いました。向き、失敗した。
本当にこの高さで大丈夫なのか確認ができません。
まぁ万が一そんなことがあればやり直せばいいのです。失敗したって現状維持ですから失うものはありません。
じゃあ、これで。化け物の私とはおさらばです。
ゆっくりと両手を放しました。
起きたら、七番のあの子に会いに行こう。
許されたかった。 ねも @nemone_001
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