その男、学校用務員につき
竜月
第1話
「用務員さん、さようなら」
と声がしたので男は花壇の手入れをしていた手を休めて顔を上げた。
低学年の子供達が大きなランドセルを背負って校門を出て行く。
「さようなら、気をつけて帰るんだよ」
と男は言った。
「はーい」
男はこの小学校の用務員だ。
この小学校はマンモス校で生徒数がかなり多い。一クラス三十名で、六学年が各七クラスもある。生徒数が多ければ用具や道具も多く、校庭も広い。花壇や芝生もたくさんあり、用務員としての仕事も多い。子供達は可愛いし、やりがいのある仕事だと男は思っていた。
不審者も多い昨今だ、男は毎日の校内巡回も徹底している。
広い校内は死角も多く、誰でも簡単に侵入できてしまう。まともに振る舞えば保護者と見分けがつかず、うかつに声もかけられない。
近年にあったよその小学校で男が刃物をふるったような事件も実はこの学校でもある。
あの時は下校時刻に校門から帰る児童の群れに大きな包丁を持った不審者が走り寄ってきたのだった。幸い子供達に怪我はなかった。やはりあの時も用務員が花壇の手入れをしていて無事に食い止める事が出来たからだ。
それ以来、用務員は下校時刻には校門前で作業をするようにしている。
ひとしきり生徒を見送ると、用務員は校内の巡回へと向かった。
広い校庭にはまだ残って遊んでいる生徒もいる。
家が遠い生徒には早めに帰るように促す。
子供達は遊び足りない子犬のようにはしゃいで転げ回って遊ぶ。
子供はいい。見ているだけで莫大なエネルギーを感じる。
教室内に残っている生徒もいる。
数人が輪になって座って、机の上に広げた紙の上に手を置いている。
「やれやれ」
いつの時代も○○さんというやつは格好の遊びだ。
少しは怖いが子供というのは好奇心が抑えられないらしい。
用務員が音をたててドアを開けると、何人かが振り返ってまずい、という顔をした。
「君たち、早く帰りなさいよ」
と用務員が言うと、
「用務員さん、邪魔しちゃだめ」
とリーダー的な役割の女の子が言った。
「今、○○さんに聞いてるんだから」
「ああ、そうかい。でも、あんまりそういうのは感心しないね」
「え~」
「それに先生に禁止されているだろう? さあ、先生に見つからないうちにお帰り」
と言って用務員は机の上の紙を手にとった。
「あ、まだお帰りくださいって言ってないのに」
用務員はその紙をぐしゃっと潰して、
「はいはい、○○さんも、君たちもお帰り下さい」
と言った。
中には不服そうに口を尖らせる子供もいたが、半分くらいはほっとしたような顔で教室を出ていった。
「やれやれ、まったく」
と子供達を見送った用務員がつぶやくと。
『そいつはこっちのセリフだ』と低い声がした。
振り返ると教室の天井の隅に薄暗いぼやっとした何かがいた。
「子供達に悪さをしたら許さないよ」
と用務員が言うと、そいつは『ちっ』と舌打ちをしてから消えた。
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