私は私を殺したい~終末世界の殺戮天使<エクスシア>~

杜甫口(トホコウ)

1、みんなは私を殺したい

 サクラは気が付くと知らない部屋に居た。

 部屋の大きさはシティホテルのシングルルーム程。四方の壁と天井と床、全てが鈍い光沢を放つ銀色の金属板によって覆われている。蛍光灯をずっと取り替えていないのだろう、電極側の口金に近いガラス管部分が黒ずんでおり、そのせいで部屋全体が錆びたように薄暗かった。四隅の影が不気味に怖い。常時見つめていないと誰か立っているような気がする。

 しかもこの部屋には家財道具の類が一切存在せず、出口らしき扉すら見当たらなかった。代わりにあるのは手術にでも使うような逆盆式の器械台で、その台の上には何に使用するのかわからない充電式の振動ドリルが一つ横になっている。


 え……ここ、どこ……?


 サクラは不安に駆られ、その場から動こうとした。途端に両手首と両足の付け根に激痛が走る。その時初めてサクラは自分が磔にされていることに気が付く。彼女は十字架の形をした特製の台に縛り付けられ、台ごと部屋の壁に打ち付けられていたのだ。まるで磔刑に処せられたキリストのようだ。

 余りの激痛にサクラは、10秒と起たずに拘束から逃れることを諦めてしまう。痛みから距離を取りたい一心で目を瞑り、自分が置かれている状況を否定しようとする。

 だが現実は何も変わらない。増すばかりの痛みと共に言い様の無い不安が押し寄せてきて、サクラは頭を掻きむしり叫び出したくなる衝動に駆られる。十字架の上でギチギチと体を動かし、その度に手足を襲う激痛に目元を潤ませる。


 私、なんでこんな目に遭ってるの……!?

 だって、昨日まで学校に通ってて……!

 そりゃ勉強はできなかったし、運動だって苦手で、人と話すのなんかもっと苦手だったけれど……それでも普通に学校生活を送ってたんだ。

 それが今朝、突然私の家に凄い高そうなスーツを着たおじさん達がやってきて、それで……。

 ……。

 あれ……?

 思い出せない……?

 どうして思い出せないんだろう? 確か私、そのおじさんたちと話をしたんだと思う。あの日は珍しくお父さんが家に居て、お母さんもいつも通り一緒に居て。三人でおじさんたちの話を聞いて、そしたら二人がすっごい大喜びしてて。私は一人、ぼんやり外を見ながら話を聞いてたから、何が嬉しいのか解らなくって。それでも二人が喜んでくれた事が嬉しくって私も喜んで。それで……。

 ……。

 え……私、なんでこんな所にいるの……?

 何にも解らない……!

 怖いよお母さん……お父さん……ッ!

 誰か助けてッ!?


 サクラは今にも泣きだしそうだった。恐怖に怯えたまま五分が過ぎた頃、彼女はふと気付く。

 壁の向こうで人の気配がするのだ。


「必要な処置は全て私が独りで行う。他の者は絶対に手を出すな」


 壁の向こうで女の声がした。軍人のような尖った口調。声音は研ぎ澄まされた刃のように鋭く重い。

 次の瞬間、それまでただの壁だった場所に等身大の穴が開いた。部屋に完全武装の兵士たちがなだれ込んでくる。総勢十六名。彼らは部屋に進出するなり左右の壁に沿うようにして散開し、銃身長十三インチ(約三十三センチ)、暗視スコープ付き5・56mm軍用アサルトライフルを肩の高さに構えるとその銃口をサクラの額に向けた。全員人差し指をトリガーに掛けている。

 皆、食い入るようにしてサクラを見つめていた。まるで肌を抉ろうとするような視線からは親しみや愛情といった暖かみが一切感じられない。あるのは怒りと悲しみの累積、それだけだった。


「……ひっ……!?」


 兵士たちの明らかな敵意に気付くと、サクラはすっかり怯えてしまった。辛うじて動かせる両膝を内股にし、長い前髪で目を隠すことによって少しでも視線の恐怖から逃れようとする。


「……」


 その集団の中に、一人だけサクラに敵意を向けない者がいた。濡れ羽色のボディスーツに身を包み、腰に軍用鉈マチューテを差した女軍人と思わしき少女である。

 年の頃は十五。暗い海面に映る月光を押し固めたような銀真珠シルバーパールの髪を、清冽なまでに整った銀眼の前に流している。筋肉質でありながら女性らしさも兼ね備えたその体つきは、まるで神によってその力と美しさとを保証された天使を思わせた。


 こ……この人、綺麗……!


 未成熟な体つきのサクラからしてみれば、男よりも力強く女よりも美しい彼女の姿はまさに憧れの存在に映った。息を呑む美しさに、状況にそぐわぬ高揚感すら覚えてしまう。

 やがて銀眼の天使が片手を上げると、兵たちは一斉にサクラに向けた銃を下ろした。どうやらこの場の指揮権は彼女にあるらしい。

そうだ、この人に助けてもらおう……!

 サクラは内心期待する。既に進退窮まっていたサクラは藁にも縋る一心で目の前の天使に縋りつこうとしたのだった。唯一自分に対してように見えるこの人なら、ひょっとしたら自分を解放してくれるかもしれないと、そう思ったのである。

 一方銀眼の天使は無言のままサクラに近寄ると、右の掌を彼の顔の前に突き翳した。その体勢のまま目を瞑って動かない。いったい何をしているのだろうと、サクラは不安になる。

 やがて深海のような空気に耐えられなくなり、


「あ……あの……私……」


 サクラは口を開こうとした。

 その瞬間、


「ッ!?!?!?」


 死滅的な破壊音が、サクラの口蓋より頭蓋骨内部に向かって響き渡った。

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