第4話

「有美ちゃんに見せて誤解を解いておかなければいけない」

 故郷から帰ってくると松三は大事にしまっていた現認証明書を取り出してきた。

 利明は松三に呼ばれて一階に降りて行く有美を呼びとめて、

「おじいちゃんが現認証明書というのを見せて自慢をするから、それを見て有美は大げさに驚いて、ほめてあげよ」

と耳うちをした。有美は変に理屈っぽい娘で、松三が勇敢な兵隊であったこと自慢すると、

「それじゃ、何人も敵兵を殺した殺人者なのね」

などと言いかねない性格だったから心配したのだった。

 少ししてから、一階から有美が大きな声を出して松三を褒め讃えている声が聞こえてきた。利明も下に降りてみると松三が頬を赤らめてニコニコしながらしゃべっていた。

 このころから松三に大きな変化が起きた。

 なによりも、何かにつけて非常に優しくなってしまった。また、会う人、誰彼かまわずに、親しく懐かしそうに笑いながら話をするようになった。

 さらに、今まで付き合いのあった人に対して、電話をして話をしたり、あるいは、出かけて行って会ったりして、毎日が楽しそうだった。

 2A3の真空管は高一ラジオの上に大事そうに箱に入れて置いていた。人に会うのが忙しくて、ラジオの真空管を取り換える時間が無いようだった。

 ある晩、利明と陽子が二階でテレビを見ていると、松三が上がって来た。

「そばを一杯食べさせてくれないか」

「エッ、本当に?おじいちゃん」

 陽子は驚いた。松三は自分の健康管理には大変しっかりとしていて、夕食後に間食をすることなどなかったからだ。

「ああ、急にそばが食べたくなってな」

「そうですか、カップ麺ならありますけどいいですか」

「それで十分じゃ」

 陽子が湯を注いで出すとうれしそうにして食べた。

「ああ、おいしかった。それじゃ、寝るからなぁ。ずいぶん、世話になったなあ。ありがとう。お休み」

と言って一階に降りていった。

 陽子も利明も松三の飄々とした雰囲気になんとなく、何かいつもと違うなとは思ったが、気にかかるほどでもなかったのでそのまま休んだ。

 翌朝、早起きの松三が、利明の出勤時間になっても起きてこないので、一階に起こしに行くと、口を少し開けて笑っているような表情で冷たくなっていた。

 通夜から葬式まで慌ただしく過ぎていったが、松三の死に顔がいかにも満足そうだったので、利明たち家族も参列者も暗い雰囲気にはならずに、生前の松三の面白かったことなどを思い出話にして、笑い声さえ起こった。

 松三自身が望んだであろう、さわやかな葬式ができた。

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