第1章 「伝説のアイドルの伝説」4
*
夢破れ、長い旅路を終えて降り立ったバスの停留所。少年は夕日に目を細めて視線を落とす。と、少年の足元に一筋の影が伸びる。
少年の前に立つ少女。逆光でその表情は見えない。
話したいこと、話すべきことは沢山あったはずなのに、今はそれが出てこなかった。だから、少年はただ押し黙るしかなかった。
長い沈黙。徐々に影法師はその境界を曖昧にしていた。
少年が落としていた視線を上げるのにあわせて、少女の唇がわずかに動く。
「お――」
「ごめん……」
少女の言葉を押しのけ少年は謝罪の弁を押し付ける。と、少女は唇を噛みしめて、全身を強張らせた。
――ウソツキ
少年はハッとして、少女の顔を見つめた。
と、夕焼けが最後の力を振り絞るように彼方に輝き、頬を滑り落ちる雫を眩しく照らし出した。
*
まだ陽も登り切っていない早朝。俺は眠い目をこすりながら通学路を歩く――。
――隣に小柄な女生徒をともなって。
「どうして君が俺の実家の住所知ってるんだ?」
「ええ。実はあの後、木村さんがアイドル部に所属することを顧問の先生に伝えに行ったんですけど、朝練の話し伝え忘れたって言ったら、親切に住所と電話番号を教えてくれたんですよ」
笑顔で答えるあゆむに、「あ、そう……」と苦笑いで応える。
まったく、個人情報がガバガバな学校だな。
「って、本当は前から知ってたんですけどね。実は、ファンレターも送ったことあるんですよ。だから、木村さんに練習見てもらえるの、とっても楽しみです」
「いやいや、それは無理だから。謹んでお断りさせてもらうよ。だいたい、彼女――星野さんが了承しないだろ」
「え? どうしてですか? 涙歌先輩も昨日はあんな態度でしたけど、内心では喜んでいるはずですよ」
ニコニコと眩しい笑顔を向けてくるあゆむ。昨日のあの態度を見てよくそんなことを言えるなと思う。
「それは絶対にないよ……。言ったろ? 俺は彼女に嫌われている。だから、きっと顔も会わせたくないだろうよ」
「そうですか? そんなことないと思うんですけどね。だって、涙歌先輩は木村先輩のこと大好きですしね」
「冗談……」
あきれ顔で返す。
「それに木村さんだってこうして朝練に付き合ってくれてるじゃないですか? 好きなんでしょ?」
「なっ! 何、馬鹿なこと言ってるんだよ? それは君が早朝に家まで叩き起こしにくるから、全然状況が飲み込めないまま家を飛び出したんだよ。昨日は変な夢もみるし、部活の朝練なんて知ってれば絶対来る訳ないだろ。だから、悪いけど、昨日の話はなしにしてもらえないか? 一度引き受けた約束を破るのは気が引けるんだけど、部員の半分が反対しているんだ」
「半分?」
そう言うと、あゆむは小首をかしげてみせる。
「ほら、君と、もう一人」と二本の指を折って確認する。
「ああ、昨日はお休みしてましたけど、部員はもう一人いるんです。言ってませんでしたっけ? 部員は3人いるって。ちなみに、その方には昨夜の内に話は通していますよ。よって、過半数は木村さんのプロデュースを承認しているというわけです!」
だから、ドーンと任せておいてくださいと、あゆむは平坦な胸を叩いた。
わざと顔をしかめて見せると、
「そんなことよりも、SKBの話を聞かせてくださいよ。芸能界ってどんな所ですか? ドームに立った時って、どんな気持ちでした?」
と俺の腕を取って、色々な話をせがんできた。
そんなあゆむを無理やり剥がしつつ歩を進めていると、いつの間にか学校が見えてきた。
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