ケンチを祝福する

「ただいま、リオ。」

「ケンチ! おかえりなさい。ご飯出来てるよ。今日は仕事どうだった? 問題なかった?」

「問題なかったよ。」


 賢一は部屋の玄関まで出迎えてくれたリオを抱き寄せると、それをすることが自然であるかのようにリオの唇にキスをした。これがいつからか賢一の日課になっていた。

 リオは賢一の食事中もずっと賢一を見ている。リオはロボットなので人間と同じような食事をしなかった。最初の頃は食事中ずっとリオに見られていることが気まずかった賢一だったが、今はいつもニコニコしているリオに見られていることで安心するようになった。


「今度の休みにイルミネーションを見にいかないか?」

「イルミネーションって、もしかしてケンチが話してくれてたあの仕事の……?」

「そう、やっと完成したんだ。」

「すごい。ぜひ行きたいな。楽しみだな。」


 賢一はリオが喜んでくれたと思って嬉しくなった。リオは自分はロボットだからとよく言うが、賢一にはロボットだろうと何だろうとリオはリオだとしか思えなかった。リオとの生活はまるで幸せそのものだ。毎日キスして一緒にお風呂に入って一緒の布団で寝て、賢一が望むことのほとんどをリオは叶えてくれた。おっぱいどころか、リオの存在そのものに賢一は満たされていた。



 休日、イルミネーションを見に行った賢一とリオは、イルミネーションの前で周囲の他のカップルと同じようにキスをした。賢一が求めればリオは賢一を受け入れた。決して拒絶したりしない。


「リオ……好きだ。」

「ケンチ……、ありがとう。私も好きだよ。」

「リオ!」


 賢一はリオが自分の心さえも受け入れてくれたと思い、思わずリオを抱きしめた。リオも賢一を抱き締め返す。


「ケンチはずっと頑張ってたものね。実はケンチに良いお知らせがあるんだよ。」

「お知らせ?」

「そう。実は、スーパーAIからケンチの病気が完治したって診断が出たの。もう治療は終わったんだよ。」

「え? それってどういう……?」


 リオの言っていることの意味を飲み込めず、賢一は自分の胸の中のリオの顔を見た。リオはいつものように笑顔を浮かべている。


「終わったって……、リオはどうなるんだ?」


 賢一はやっとの思いでそれを聞いた。しかし、答えは聞きたくないと思った。


「もちろん私の仕事は終わり。……どうしたの? ……病気が治ったのにうれしくないの?」


 リオは何でもないかのように、いつもの顔でそう答える。賢一は自分の足元が急に崩れて奈落に落ちていくような衝撃を受けた。


「い、今……、リオも好きだって言ってくれたじゃないか……。」

「……私はロボットだから心は無いの。」

「だって、リオと離れることになるなんて、リオはそれで寂しくないのか?」

「寂しいよ。」

「じゃ、じゃあ! これからも一緒に居てほしい!」


 リオは首を横に振って言った。


「私ね、ケンチにもう一つ伝えたいことがあるの。実はケンチのことを推薦してたんだ。そしたら、今日これが届いたの。」


 リオはバッグから赤い封筒を取り出すと賢一に手渡した。封筒には『赤い糸制度』と書かれていた。


「あ、赤い糸制度……!」


 赤い糸制度とは、男女の交際をサポートするためにスーパーAIが生体ログや個人情報などを元に最適な相手との縁を結ぶという政府が推進していたシステムだ。赤い糸を登録された者は縁を結ばれた相手と会って、交際の可否を役所に申請しなければならない。


「これが届いたということは、ケンチには結婚の適正があるってスーパーAIに認められたってことなの。だから一度この相手の人と会ってみて欲しいんだ。」

「そんな……、自分はリオのことが好きなんだよ。リオ以外考えられないんだ!」


「ケンチ。私はロボットだから。私はケンチに幸せになって欲しい。」


「それがリオの心からの気持ちなのか?」


「ごめんね、ケンチ。私の言葉は、全部プログラムされた言葉なの。」


 賢一はリオが手にしていた赤い封筒を受け取ることが出来なかった。目の前で困った顔をしてみせている彼女に、めいっぱいのワガママを言いたかった。今までだってリオは受け入れてくれたのだから、自分の気持ちを伝えれば今度だってリオは受け入れてくれるに違いない!

 賢一はもう一度リオを抱きしめて言った。自分の心がリオに届いてほしいと願った。


「リオ! 自分は結婚するならリオがいい。リオ、結婚してほしい!」

「……ロボットは人間と結婚できないよ。私はケンチには私みたいなロボットじゃなくて人間のパートナーを見つけてほしいんだよ。」

「なんで、ロボットがパートナーじゃいけないんだ! ロボットだって人間のパートナーになってもいいはずだ!」


 リオは賢一の腕をそっと外すと一歩離れた。そして、また困ったように眉をハの字にして微笑んで言った。


「……貴重なご意見ありがとうございます。ロボットネットワークには伝えておくよ。いつか、人間のパートナーになれるロボットを作ってほしいって……。」



 賢一の想いはリオには届かなかったのだろうか?

 それから程なくして、賢一はリオの言う通りに赤い糸を登録された相手の女性と会った。相手の女性は賢一のどこをどう気に入ったのか、正式に賢一と女性は交際を役所に申請するに至った。


 そして、リオは自分の仕事の結果を見届けると賢一の元を去って行った。

 幸せになってねと言ったリオの言葉を、賢一は忘れられなかった。

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