リオ——私はロボットだから心が無いの。あなたが望むなら好きにしていいよ。

加藤ゆたか

ケンチを訪問する

「どうも、こんにちは! 私、リオです! これからお世話になります! っていうか、お世話させていただきます!」

「はあ。」


 賢一の部屋の前にいたのはどう見ても元気な女の子だった。少し背が小さいけれど少女というほどには幼くない。セミロングの髪を後ろに束ねて、ゆったりとした動きやすそうな服を着ている。


「賢一さん……ケンチって呼んでもいいかな?」


 リオと名乗った彼女の表情はころころと変わる。とても自然な笑顔で賢一はドギマギとしつつ困惑していた。本当にこの子はロボットなのか? いやロボットのはずだ。だって、自分は数日前、その手続きをしたのだから。



 数日前、賢一は、とある病院を訪ねていた。


「最近多いんだよね。でもま、保険効きますから。自己肯定感障害。処方箋書きますから。ロボットネットワークに持っていってください。」

「はあ。」


 賢一は、目の前の白衣を着た医者の診断に、気の抜けたような相づちを打つしかなかった。賢一が自分の置かれている状態を説明している間も、医者は一度も賢一を見なかった。ずっと机の上のモニタを見ていて、賢一に何も質問もせず、それだけを言った。

 それも仕方ないのかもしれない。この国の人間の生体ログはすべて政府の健康データベースに記録されている。そしてスーパーAIが病気や異変の兆候を見つけると、本人に通院を促す。つまり、病院に着いた時には既にほとんど診断がついている状態なのだ。

 しかし、賢一はスーパーAIに通院を薦められるまで自分が病気だとは思っていなかった。自己肯定感障害。自分に自信が無くなり、何をしても無気力になる。他人が怖くなる。なんでもネガティブに考えてしまう。それが病気だと認められたのはここ数十年だという。まあ、確かに仕事だって上手くいっていない気がする。賢一は今の自分の置かれた状況が実は病気のせいであって治療すれば治るとスーパーAIに判断されたのだと思うと、それは暗く厚い雲の隙間から指した光のように思えた。スーパーAIは信頼できる。


「しかし、ロボットネットワークに行けというのは?」


 処方箋というのは普通は薬の処方ではないのか?

 賢一は医者が間違えたのではないかと思い、手元の端末でスーパーAIに尋ねる。


「自己肯定感障害でロボットネットワークに行けって言われたんだけど、これは正しいの?」

「はい。賢一さんの自己肯定感障害の治療には、セラピーロボットの派遣が効果があるだろうと判断されました。ロボットネットワークで手続きをしてください。」

「セラピーロボット?」


 ロボットか。賢一の職場にも何人かいる。現代は人口減少の真っ只中で回復は絶望的である。その不足した労働力を補うために人間の社会にロボットを派遣する仕組み、それがロボットネットワークだ。しかし、知らないうちにいろんな種類のロボットが出来ているんだな。そのうちロボットの方が人間よりも多くなってしまうのではないだろうか? 賢一は自分のそんなのんきな想像がおかしくなって笑った。ははは、そんなわけないだろう。



 ロボットネットワークの本部は受付もロボットである。賢一は受付に処方箋を渡すと、受付ロボットの案内のとおりリーダーに自分の端末をかざした。これで手続きは完了らしい。


「後日、ご自宅にお届けになります。利用方法と治療方針は本人から改めて説明させていただきます。」

「はあ。」


 そして、今、ロボットネットワークの約束どおりに賢一の部屋まで届けられてきたのだ。リオが。



「ケンチの部屋、あがらせてもらうね。……ふーん、私はどこに居ればいいのかな? ちょっと片付けてもらえるとうれしいかなぁ。ロボットって言ってもずっと起きてるわけにもいかないんだよね。」


 ロボットと自分で言った……。やっぱりそうなのか。賢一は改めてリオをマジマジと見た。髪も肌も見た目は人間とまったく変わらない。リオは賢一の部屋の一角にスペースを見つけると腰を下ろした。


「……ケンチ、何見てるの?」

「あ、いや、……すごいなと思ったんだ。全然人間と変わらない。」

「あー。最新型のロボットはだいたいこんなだよ。人間の移植にも使われるのと同じ生体パーツを使ってるの。」

「まったくロボットに見えないな。」

「そう? ありがと。……そんなに気になるなら肌も触ってみる?」

「え?」


 リオはその猫のような大きな瞳で上目づかいに賢一のことを見上げて言った。賢一は咄嗟に目を逸らしてしまった。


「い、いや、そんな、それはさすがに……ちょっと……。」


 ロボットと言えども、初対面の女の子に触れるなんて出来るわけがない。今だって自分はどんな顔でリオを見ていたのか、どんな顔をリオに見られていたのかと気付いてしまい、心臓が締め付けられるような気持ちになる。


「なるほどね。そんな感じか。私はロボットだから心は無いの。もしかしたらケンチには私が人間の女の子のように見えてるかもしれないけど、全部プログラムされたものなんだよ。だから気にすることは無いんだよ。」


 リオはそう言うと、両手を広げて僕の方を向いて目を瞑った。


「ほら、好きに触っていいよ。」


 目を瞑ったリオは少し微笑んでいて、賢一の手が自分に触れるのを待っていた。

 賢一は恐る恐るリオの頬に触れた。温かい。スベスベしていて本当に人間の肌と区別がつかない。賢一は何度も何度もリオの頬を撫でた。


「本物みたいだ。」

「……ほっぺだけでいいの?」


 リオが目を開ける。賢一と目があった。賢一は慌てて手を引っ込めてしまった。ダメだ、リオが目を瞑っている間、自分がリオのどこを見ていたのか、見透かされていたような気がしてドッと冷や汗が出る。


「おっぱいが気になる?」


 リオのその発言に賢一はドキリとした。やはり、見られていた? 最悪だ。彼女は自分の治療のために来てくれたセラピーロボットなのに、そんな風に見られたと知ったらリオは帰ってしまうかもしれない。

 しかし、リオは賢一の手を取ると、その手を自分の胸に付いている程よい大きさの膨らみに当てた。賢一はその柔らかさに驚き、思わず声が出た。


「……や、やわら……かい。」

「そうだよ。おっぱいの開発費が一番お金かかってるんだから。」

「ほ、本当に……?」

「ふふふ、冗談だよ。でも、これからもケンチの好きな時に触っていいからね。」


 賢一が自分の手の中に収まった柔らかい丸をどう処理していいのかわからないで固まっていると、リオは賢一の手を離し、立ち上がって言った。


「それじゃ、まずは部屋の掃除しましょうか。私の場所を作らないとね。」

「あ、ああ……、手伝うよ……!」


 リオは手際よく賢一の部屋で積み上げられた段ボールをまとめたり、本を棚に入れたり、机を移動したりして二畳分くらいのスペースを作りだした。


「ふぅ。これでよし。……ちょっと汚れちゃったね。お風呂借りてもいい?」

「え? 入るのか?」

「そりゃそうだよ。ロボットの中でも私はきれい好きなんだから。そうだ、ケンチも一緒に入ろうよ。」

「い、一緒に!?」

「恥ずかしがることないよ。私はロボットなんだから。それにさっき、おっぱいも触ったじゃない。」

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