第百六十二話 灼陽は二度墜ちるか【中】

「かつて央原おうげんに十の太陽が現れ、民衆は灼熱の地獄に苦しめられました。しかしルオ将軍によってたちまち九つの太陽が射落とされたことで、ふたたび平和がもたらされたのです!」


 お立ち台にのぼった司会の男が、朗々と声を張る。


「羅将軍が矢を射たあと、空より次々と烏の死骸が落ちてきたことから、烏は太陽の化身とされております。こちらをごらんくださいませ」


 催しものがひらかれる広場、その隅には木製の鳥籠、いや檻が無造作に置かれており、野生のものを手当たりしだいに捕まえたのだろうか、何百羽もの烏がぎゅうぎゅうに押し込められていた。


 そのうち十羽が檻の前にいた数名の男たちによってつかみ出され、片足にこよりを結びつけられたのち、刷毛はけで金泥と真っ赤な塗料を全身に塗りたくられる。


「燃えさかる十の『太陽』すべてを射落としてはいけません。うち九つを見事射抜いた方が『英雄』となり、名誉と豪華賞品を手にすることができます!」


 そして足のこよりに火をつけられたとき、驚きおののいた烏たちは、一斉に飛び立つのだ。


「カァッ! カァッ! ギャアアアッ!!」

「こりゃあ派手だなぁ!」

「あっち見ろよ、あいつら転げまわってぶつかってやんの!」

「アハハハハッ!」


 烏たちの絶叫に、観衆の笑いがかさなる。

 どっと沸くその光景が、たった一歩しか離れていないのに、早梅はやめはまるで別世界のように感じた。


 こびりつく金泥のせいで、翼がうまく動かせないのだろう。よろよろと低空飛行を続ける烏たちは、じりじりと油紙のこよりが焼き切れる恐怖に、絶叫をひびかせるしかなく。


「カァッ!」

「グゥ……!」

「ギャッ!」


 燃えあがる『太陽』たちが、射落とされてゆく。


「あっ、惜しい!」

「意外とむずかしいなー」


 ろくに弓を引いたことのない民衆の、暇つぶしの遊興に。


「……俺がきいた話だと、『龍宵節りゅうしょうせつ』前日祭の目玉イベントは、太陽に見立てて空高くにあげた真っ赤な凧を、射落とすって内容だったはずなんですけど……って」

「……そら、が、おち、て……ちがう、おちたのは……ちがう、ちがう……」

「あんた、顔色が酷いぞ。大丈夫か──」

「ちがうちがうちがう! うそだ、こんなのは……うぐ、ぅああっ!」

「おいっ!」


 うわ言のようにつぶやいていた青年が、半狂乱になって濡れ羽色の髪を掻きむしった刹那。


 ──ゴゥッ!


 青年を中心として、漆黒の炎が燃えあがる。


「なっ……炎功えんこうの使い手か!? 黒い炎だと!?」


 尋常でない熱風の洗礼を受けた暗珠アンジュは、とっさに地を蹴り、距離を取るが。


(炎功……いや、ちがう。この、桁違いにすさまじい内功は……!)


 早梅はを、一度だけ目にしたことがある。


(まさか、彼がなぜ、だがは、たしかに……!)


 信じられない。けれどもしこの推測が正しいなら、暴走する青年を止めることができるのは、この場でおのれだけだ。

 ためらう間もなく、早梅は駆け出す。


「っ、危険ですハヤメさん! 待てっ、行くなっ!」


 はじかれたように踏みだす暗珠だが、その右手は早梅の袖にふれることすらなく、虚空を掻くだけ。


「君!」

「おとされたのはっ……やめ、ろ……やめろやめろっ、やめてくれ! みんなをっ、おとうとをきずつけるのはっ! ぁあ、うぁあああッ!!」

「くぁっ……!」


 青年の絶叫とともに、縦横無尽に飛び交う黒い炎が、ジッ、と早梅の右ほほを焼いた。


「ハヤメさんッ!」

「かまうな、大丈夫だ!」


 薄皮一枚炙られた程度だ。手も足も動く。

 まだ行ける。まだ。

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