納骨堂の奥で

 シラタマに背負われて空を飛んで先に葬儀場にたどり着き、周辺を確認しながら他のメンバーの到着を待つ。

 5分ほどしてスフィが凄い勢いで階段を駆け上がってきて、それから10分ほど経って騎士たちが階段を上がってきた。


「ひとりで行っちゃダメって言ったのに!」

「シラタマたちも一緒だったから……」

「いいわけしないの!」


 騎士たちの回復を待ってから、位置を知っている騎士の案内で森の中へ入る。

 まばらに並ぶ樹木の間を暫く進んでいくと、たしかに古びた施設が見えた。

 片方は煙突がある火葬場で……納骨堂は地下に広がるタイプか。


「大丈夫だと思いますが、足元にはお気をつけください」

「うん」

「あ、アリス、おねえちゃんからはなれないでね」


 ちょっと怖がっているスフィとぴったりくっついたまま、ランプを持った騎士に先導されて納骨堂に入る。

 ……確かに古いけど作りはしっかりしているし、手入れはされているのか床は綺麗だ。


「おうちの近くにこんなところ、あったんだ……」

「綺麗にされてる、ゴーストが出るタイプの場所じゃないね」

「うん……」


 火力が低いのか結構しっかりと焼け残った骨があるようだけど、不潔だったり恐ろしい感じはしない。

 どことなく物悲しいけど、それだけだ。


「教会に確認しましたが、現在は身寄りのない死者の遺骨を納めているようです」

「手入れも教会の人がしてるのかな?」

「そのようです、場所が場所だけにあまり人が来ないようでして、たまにだそうですが」


 まぁ地獄の階段を登るのは重労働だから気持ちはわかる。


「これ、大きさってどれくらい?」

「そうですね、地下2階まであるようです」


 石を削って作られた棚には箱に収められた人骨がずらりと並んでいる。

 それを視線で追いながら騎士のあとをついて地下2階へ降りる。


「ここも掃除されてるんだ」


 ちゃんとやっている教会に感心しながら、騎士について納骨堂の中を進む。

 ……なんか不自然に箱が抜けている部分があるな。

 全体的に適当ならまだしも、他の部分がきちんと並べられているから余計に目立つ。


「…………? ちょっと止まって」

「はい?」

「んゅ?」


 足音に紛れてなにか乾いた音がする。

 まるでおせんべいを齧るような、乾いたものが砕ける音。

 遠いな、この空間の中でしてる音じゃない。


「………………うーん?」


 別の空間でしている音が反響して聞こえてきてる。

 壁越しにじゃない、隙間やひび割れの中を通って伝わってきている感じだ。


「アリス、どしたの?」

「なんか音が聞こえる、小動物でも入り込んでるのかな」

「ネズミが入り込んでいても不思議ではありませんが……」


 前後を固める騎士たちに緊張が走った。

 普通に考えたら小動物なんだけど、魔獣の可能性もあるからね。


「こっちから聞こえる……ここだ」

「ここ?」


 音の出どころを追いかけて奥の方へ行くと、下の方にある箱の間に大きな穴が開いていた。

 穴の向こうは塞がっているように見える……けど。


「ここ、奥がある」

「え!?」

「フカヒレ、いける?」

「シャー!」


 名前を呼ぶとコートで隠してあるカンテラの中からフカヒレが飛び出した。

 姿勢を低くして、ヒレに掴まって穴の中に突っ込む。


 やっぱり右側に横穴があった、ぼくぐらいの子供が伏せてやっと通れるサイズだし、騎士たちも気付かなかったんだろう。


「お嬢様!」

「この先、どっかにつながってるみたい、ちょっと見てくる」

「お嬢様!?」

「アリス! ちょっとまって!」


 かなり古い建築物だし、埋もれた遺跡につながってるかもしれない。

 フカヒレに引っ張ってもらいすいすいと穴の中を進んでいく。

 随分長いけど……なんか通路と言うより、建物と建物の隙間っぽいな。


「あ、出口」

「しゃー?」


 暫く進むと左手に穴を見つけた。

 そこからわずかながら明かりが漏れている。


「びんご、遺跡だ」


 飛び出た先は……どこかの遺跡の通路かな。

 天井は高い、周辺は色々と崩れているけど、作り自体は頑丈そうだ。

 周囲の壁はかなり苔生していた。

 苔の中に発光性のものが混じっているようで、僅かに明るい。

 獣人の眼なら十分見える。


「崩れそうな感じじゃないね、動物が穴でも開けたのかな」

「シャーク?」


 風なの? と聞いてくるフカヒレの頭を撫でながら周囲を見回す。

 音は……通路の向こうにある小部屋から聞こえてくる。


「ふむ」

「アリスぅぅ!」

「スフィ?」


 様子を見に行こうとしたら、ぼくがでてきた穴からスフィが上半身をのぞかせた。


「なんでかってにいくの! ダメでしょ!」

「……あー、ごめん」

「ピュルル」


 ちょっと気が抜けてたかもしれない。

 頭の上のシラタマにも呆れた声を出されてしまった。


「なにかあったらどうするの!」

「なにかあった時に一番どうにかできるのかぼくかなって」

「ぐるるるる……」


 いや唸られても……。

 こういう状況で一番自由が利くのはぼくなわけで。

 今のぼくなら水没しようと崩れようと閉じ込められようと別に何とでも出来る。

 地形でぼくは殺せない。


「でも心配かけてごめん」

「ほんと!」

「……そういえばブラウニーは?」

「なんかね、後ろの方で詰まっちゃったみたい?」


 ブラウニーもついてきてるのかと思ったら、途中でつっかえたらしい。

 気付いたらだいぶ大きくなったもんなぁ。


「音の正体だけ確認したら戻るよ、祭祀場の下に遺跡があるのはわかったし」

「う、うん……よいしょ」


 スフィが穴から出るのを手伝って、一緒に音の聞こえる小部屋へ向かう。

 近づくとハッキリとパリポリ聞こえる。


「そーっと……」


 野生動物の巣にでもなってるのかな。

 スフィと一緒に通路脇の小部屋の中を覗き込む。


 そこには、大きな芋虫のようなものが居た。

 明かりが乏しくて色はわからないけど、人間の幼児くらいのサイズがある。

 外側は肉と皮のような質感で毛はなく、頭部のあたりは丸い。


「――……」

「なんだろ、あれ」


 思わず声を出してしまうと、スフィがビクッとして足元の小石を蹴飛ばした。

 何かの動きがピタりと止まる。

 外の話し声に反応しないあたり音には鈍いんと思うけど、流石にこの距離だと気付かれるようだ。


「――オギャア」


 何かが振り返る。

 持ち上がっている頭部にはくしゃりと皺のある顔、縦に割れた口。

 身体には無数の手が生えていて何かを食べているようだ。

 見た目はかなり、その、ホラー系だ。


 とはいえシラタマが無警戒なんだよな。

 ぼくにだけ害がないってパターンもあるから気をつけないといけないけど。


「き、きっ」

「なんぐえっ!?」

「きゃあああああああああ!!」


 突然スフィが叫んで走り出した、たぶんぼくの服の襟を引っ掴んで。

 待ってスフィ締まってる、首、しまっ……。



「うぅぅぅ、なにあれぇ……」

「…………」

「チュルルル?」

「シャー?」


 大丈夫だと思いたい。

 まさか怖がったスフィにダメージを負わされるとは想定外である。


「なん、だったん、だろうね」

「絶対あぶないやつだよ、はやくもどろう……?」


 さっきまで危険度ナンバーワンだったスフィが泣きそうだ。


「じゃあさっきの、ところまで」

「えええ……別の道、作れないの?」

「変なとこに穴開けて崩落とかはちょっとイヤ」


 生き埋めにされても大丈夫だけど、生き埋めになりたい訳じゃない。

 そんなわけで渋るスフィを説得して、ぼくたちは逃げてきた道を引き返す。

 すげー速度で通路を走り抜けて違うエリアに突入したから、ちょっと時間がかかった。


 迷路ってほどじゃないけど広い、そこそこ大きな地下施設っぽいなここ。

 なんとか最初の通路に戻ってきたときには、音の気配はなくなっていた。


「フカ、ちょっと」

「ええ、アリス!?」

「もう気配ないから、居ないみたい」


 フカヒレに引っ張ってもらって先ほどの何かが居た小部屋を覗く。

 カンテラ……よりはこっちか。


「ちょっと眩しいから気をつけてね」

「へ? わかった」


 ポケットからスマホを取り出し、ライトモードを点ける。

 よし……ちゃんと機能してるな。

 スマホは永久氷穴でシラタマが保存しておいてくれたものだ、404アパートの外じゃネットには繋がらないけどこういう時に役に立つ。


 カンテラだと青い炎だから色味も青くなっちゃうけど、白色のLEDだとよく見える。


「うぅ、まぶしい」

「ちょっと我慢して」


 何かの食べ残しをライトで照らし出す。

 色は黄ばんだ白、ぼくの指より小さい欠片が無数に転がっている。


「……んゅー? なんだろ?」


 スフィも眼が慣れてきたのか、散らばっているものを見て怪訝そうな顔をしていた。

 ついさっきまで沢山見ていたのに、場所が変わると気付けないものらしい。

 周囲には空になっている古い箱が何個か転がっている。

 納骨堂からあの穴を通じて持ち込んでいたのか。


「――たぶん骨だね、小さい子供の」


 はてさて、あれはいったい何だったんだろう。

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