想定外

 学院ではじまったいじめ行為。幸いというべきか、ターゲットはぼくに絞られていた。

 上から物が降ってきたり、置いておいた物がなくなっていたり。まぁまぁ積極的に嫌がらせをしてくる。


「落ちこぼれの獣人がどうして栄誉ある王立学院にいるんだ」

「少しでも他者を思う気持ちがあるなら、自ら辞するべきだろうに……」

「姉の方は随分と優秀らしいが、出涸らしか。厚顔無恥な浅ましさも頷ける」


 廊下を歩くたびにそんな陰口が聞こえてきて、ちょっと気分が滅入った。あと彼等が行方不明になったあげく凍死状態で見つかったりしないか心配にもなった。

 いじめ行為も困るけど、もっと困るのが言われる内容に心当たりがありすぎることだ。

 上級錬金術師と堂々と付き合っているし、人手としてお弟子さんを借りたりすることもある。

 普通の学生からすれば錬金術師は第一階梯からして優秀なエリートで、そんな大人に荷物持ちをさせたりするぼくの姿はさぞ不遜に見えることだろう。


「……錬金術師ギルドのマスターを騙してまでお金をたかろうなんて、どれだけ卑しいのかしら」


 そんな日々が数日続いたところで、廊下を歩いている時に意外とあっさり"当たり"を引いた。

 これみよがしにこっちを睨みつけてくる女子生徒に視線を向ける。制服そのものは一緒っぽいけど、微妙に改造されてるし貴族かそれと親しい立場か。


「騙したって、どういうこと?」


 ローエングリン老師を騙したって言葉が出てくるということは、フィルマ伯爵家関連だろう。他にここまで貴族側から敵視される謂れがない。


「……お姉さまから聞いてるのよ、永久氷穴で獣人の子どもの盗賊に襲われたって。助ける振りをして荷物をすべて奪おうとしたんでしょう?」

「なるほど、ありがとう」

「は!?」


 聞いたら親切に教えてくれたのでお礼を言って、その場を後にする。

 なるほど上手いな、たしかに対抗する証言者はぼくたちしか居ない。やったやってない、嘘をついてるついてないの水掛け論になってしまう。

 あとはお嬢さまと他の従者が主家の不利になる証言をするかどうか。

 フィルマ伯爵家の動きは当主が見ず知らずの獣人と自家の騎士のどっちを選ぶか次第。

 ……一度ハリード錬師あたりに確認を取ったほうがいいかもしれない。

 というわけで職員室へ向かい始めると、道中でハリード錬師とばったり出会った。


「ハリード錬師」

「アリスさん、丁度良かった。少しよろしいですか?」

「うん」


 やや緊張している雰囲気から、状況は良くないことがわかる。なかなかややこしいことになっているのかもしれない。



「突っぱねられた?」

「はい」


 時間帯もあって人気のない講義室に着くと、ハリード錬師が簡潔に『抗議文が突っぱねられた』と話し始めた。

 どうやら今日の昼にギルドから報せが届いたらしい。


「我々としても想定外でして、グランドマスターも驚いておられるようです」

「うん……」


 どうやら結構キッパリと否定されたらしい。


「なんでも『当家の騎士は盗賊行為を働いてきた獣人に対して、疲労困憊の主を護るために反撃をしただけだ』と」

「こっちが嘘をついている路線できたか」

「一応こちらが返答の写しです」


 ハリード錬師が鞄から取り出した封筒を受け取って中を見る。

 えーっと……。

 命からがら永久氷穴から脱出したところでアイスワームに追われたところまでは事実。

 途中で獣人の子どもがアイスワームを倒し、当家の騎士が代表として交渉した際に全ての荷物と金品を求められたために決裂。

 騎士は主を護るために仕方なく子どもたちに反撃をし、獣人の子どもたちは戦闘中に足を滑らせてアイスワームの移動痕跡に落ちていった。

 これは当家の名誉を貶める悪質な虚偽であり、強く抗議するものである。

 獣人の子どものひとりは正規の錬金術師だと言うが、事実だとすればそれを隠匿していたのが悪意のある証明。

 叡智の体現者であるギルドマスターは決して騙されることなく真実を見極めてほしい……ということらしい。


「想定とだいぶ違うね」

「もしかしたら時期も悪かったのかもしれません」

「というと?」

「7年に一度の星竜祭に向けて国内はもちろん、国外の貴族王族も聖都に集まってきています。社交界は大忙しだという話ですよ」

「……些細な醜聞もやばい時期だと」

「アリス錬師は気にしないと思うので正直に言葉にしますが、"たかが獣人の孤児相手に騎士が暴走した"程度ではビクともしない家です。むしろそれを咎めて謝罪をしたことで評価が上がる可能性すらあるでしょう……何かあったのかもしれませんね」


 ハリード錬師の言いたいことは大体わかった。時期が悪かったのは間違いないが、正直今回程度のことで揺らぐような家じゃない。

 それでもこんな強引な庇い方をしてくるということは"それ以上に"悪いタイミングで問題を差し込んでしまったのかもしれない。


「ミスったかな」

「いえ、恐らく貴族の内々の事情でしょう。アリス錬師が気に病むことではありません。それよりも学院内でも妙な噂が広がっていますので気をつけてください」

「ぼくへの嫌がらせ関連?」

「伝手を使ってギルドマスターに虚偽を伝え、フィルマ家にタカろうとしているという噂がBクラスを中心に広がっているようです」

「それかー……スフィたちは大丈夫かな」

「どちらかといえばアリス錬師がターゲットのようです。愛し子頼りにわが道を行く劣等生ですからね、攻撃しやすいのでしょう」


 そう言ってハリード錬師はくすりと笑った。ここにきてぼくの作ってきたイメージが一気にのしかかってきたな。

 とりあえずスフィたちに被害がいかないならそれに越したことはない。

 悪意や敵意をぶつけられるのは前世含めて慣れている。しっぽ同盟のみんなと一緒にいることで耐性が下がった気がするけど、この程度なら今のぼくでも問題ない。


「あの狸爺が子どもに騙されるとか本気で思ってるのかな」

「本当に騙されているかどうかは関係ないのでしょう、そう考えるほうが都合がいいんですよ。何よりグランドマスターは人の良い好々爺で通していますから。」


 ただの好々爺が癖の強い錬金術師たちをまとめられる訳がない。

 どう考えても人を手玉に取って遊ぶタイプだ、あの爺さんは。


「因みにだけど」

「なんでしょうか」

「反撃はどこまでいい?」

「死者は論外です、けが人も可能な限り避けてください。揉み消せませんので」

「おーけー」


 それ以外はいいんだな?

 ぼくの考えが伝わったのか、肩の上でシラタマがうねうねとしはじめていた。

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