見送りと攻撃

 翌日、少々慌ただしくエルナとリオーネが帰っていった。

 どうも本当はもっと早く戻るつもりだったのが、リオーネが別れを惜しんでいたので限界まで滞在していたらしい。


「それじゃあ私たちは行くわね」

「絶対また会おうナ!」


 挨拶が終わったあと、荷物をまとめたふたりが1区の方へ向かって走る。かなりの重量を背負っているはずなのにものすごく速い。

 手を振っているうちに見えなくなってしまった。

 単純なスピードならスフィとノーチェも負けてないけど、重量で速度が変化しないあたり"種族レベルでの強さ”を感じる。


「いっちゃったね」

「暫くアルヴェリアにいるし、また会えるよ」

「うん」


 少し寂しそうなスフィが繋いだ手を握りしめてくる。


「アリスは寂しくない?」

「んー……これといって」


 スフィが眉を下げながら聞いてくる。一応寂しさはあるんだけど、お客さん枠という認識だったせいもあって寂しさを感じるほどでもなかった。


「いろいろ忙しいし」

「そっかー」


 二度と会えないような凄惨な別れって訳でもなかった。穏やかで希望に満ちた別れなら悲しむ必要はない。

 そんなこんなでお客さんの滞在が終わり、またいつもどおりの日常がやってきたのだった。



 王立学院での日々は穏やかである。


「それでミリーが冒険者志望の男の子とふたりきりでパーティを組んでて」

「えぇ!?」

「くわしく!」


 教室から教室への移動中、校舎間の道を歩いているときにふと先日の話題になった。

 ミリーの行動について話すと、女子が2名ほど食いついてきた。ちょっと鼻息の荒い狸人のプレッツともうひとり普人の女の子……たしか名前はサディ。

 入学初日に犬人のポキアのお腹に顔を埋めていた、犬吸い女子だ。


「えっ、え! どんな関係だったの?」

「詳しくは知らないけど、なんか親しそうだった。でもミリーを助けるために囮になろうとしてたし、タフな男だった」

「えっ、えっ、ミリーちゃんのために自分を犠牲に……!」

「きゃー!」

「あの……」


 離れた位置から何か言いたげにしていたミリーが、途中で諦めたように肩を落とした。……男の子の格好してたこととか言わないでって頼まれたことは喋ってないぞ。


「愛ってこと!?」

「そうなんだぁ!」

「…………?」


 愛って言い出したのはプレッツ。狸の嗅覚が劣ってるなんて聞いたこともないし、普通にミリーが男だって分かってるはずだけど……なんで愛。


「でも本当に無事でよかった」

「そんなトラブルがあったなんてねぇ」

「ほんと無事でよかったよね」


 正直ちょっと心配してたし、お互い無事に学院で会えてよかった。そんなことを口々に言い合っていると、頭上から妙な音と気配がした。


「サディ、ちょっときて」

「え、どうし……きゃあ!?」


 サディを引っ張って少し離れた瞬間、さっきまでぼくが居た位置に汚れた水の入ったバケツが落ちてきた。

 バシャッと道に広がる水に他の子たちが固まる中、見上げてみれば2階のテラスから普人の少年少女が見下ろしてきていた。


「ちょ、ちょっと! 危ないじゃ」

「ふんっ、これは不埒者への警告だ! 身の程をわきまえろ!」


 テラスにいる子たちに気付いて抗議の声をあげようとするサディの言葉を、少年のひとりがにらみつけるようにしながらピシャリと遮った。

 そのまま踵を返して校舎の中に戻っていってしまう。

 ……ふむ。


「こんな小さな子に……最低!」

「アリスちゃん、大丈夫!?」

「うん、水かかってないから……ぼくは」


 ぼくに限っては服や身体に掛かる前に氷になって弾かれて落ちた。どちらかというと近くにいたプレッツとサディが被害を受けている。


「なんか巻き込んでごめん」

「え、いいよ気にしないでよ」

「そうそう」


 そうは言いながらも、汚れてしまった靴を見る気配がしょんぼりとしているのは隠しきれていない。


「……地味なことをしますわね。貴族の風上にも置けませんわ!」

「で、でも! なんで急にアリスちゃんを?」


 少し離れた場所に居たお嬢様なマリークレアと人形使いのクリフォトも近づいてきた。

 なんかわちゃわちゃしてきた。

 それにしてもなんでぼくが狙われたのか。


「……心当たりがありすぎてわからない」

「ええ……」

「なんかわかっちゃうのが……うん」


 一応無礼はしないように意識して気をつけてはいるけど、無意識下ではわからない。

 この間もウェンデル老師の弟子のひとりにお茶を頼んだら、別の人に「その方はなんとか子爵のご次男で……」と言われて、意味に気付かず別の部屋までお茶菓子を取りに行かせるっていうパシらせ行為をしてしまったことがあった。

 その人は笑って許してくれたけど、学院でやらかしてないとは言い切れない。

 制裁とかいってたし何をやったのか……ちょっと気をつけたほうがいいのかな。


「シャアー!」


 ひとまずは「ジョックなのー」と言いながらぼくを中心に旋回しはじめたフカヒレを抑えてから考えよう。

 よくわからないけどサメ達は彼らみたいな人間のことをジョックと呼んでいるらしい。

 …………学院内で行方不明事件はまずいよなぁ。

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