ある日森の中

 揺れる葉の間から木漏れ日が落ちる。

――そっち行ったぞ

 森に入ったあたりから雲が流れて太陽が覗き、気温もあがって過ごしやすくなった。

――おいつめろ!

 波間のように揺れる光を見上げながら、ぼくは地べたに座ってほうと息を吐いた。

――ギュオオオオ!

「うるせぇ」

「きょうは人が多いねー」

「ここのところ雪が降ったりしていたから、懐が厳しいところも多いんでしょうね」


 森林浴にバッチリな天気なのに、人の気配が多すぎてまっっったく落ち着かない。


 ぎこちなく棒を握ったエルナが苦笑を浮かべる。


 入り口の時点で盛況なのは察していたけど、内部までこの有様とは思わなかった。


「来たにゃ」

「この辺の魔獣ってたしか……ヒュージラットだっけ」


 四足歩行の大きなネズミ系の魔獣だ、オオネズミとかバケネズミとも呼ばれる。動くは早くないので数人で囲んで倒すのがセオリー。


 見習い冒険者が討伐に選ぶ中でも比較的危険性が少ない魔獣だ。


 気配が近づいてくると、がさりと茂みが揺れてネズミが3匹ほど飛び出してきた。


「フィリアはアリスを頼むにゃ!」

「がおー!」


 接敵するなり、うずうずとしっぽを揺らしていたスフィとノーチェが飛び出した。


 恐れることなくスフィたちに向かって走ってきたネズミたちは、それぞれ翠色と白色の光をまとった斬撃によって切り捨てられた。


 ……ほぼ一撃かぁ。


「その歳で練気と武技をここまで使えるのね、感心するわ」


 一切危うさのない戦闘にエルナもどこか満足そうに頷いている。


「わしもやるのじゃ! とぉ!」


 少し遅れたシャオも器用に薙刀を振り回してネズミと戦っている。こっちは一撃必殺とはいかないようだ。


「なんか、凄く守りの固い立ち回りね」


 観察していたエルナの言葉でようやく合点がいった。スフィとノーチェが攻撃が最大の防御という攻めの動きなら、シャオは技術前提の守りの動き。


 ふたりがミスれば即カウンターの全力飛び込みを才能で強引に成功させているのに対して、シャオは多少ミスったところでいくらでもカバーができる動きだ。


 とはいえ出自を考えれば納得はいく。貴人であり精霊術師でもあるシャオが守りに徹するのは理に適っている。


 ただ……。


「シャオ。たぶんあのネズミたおせないよね」

「……そうね」


 全行動が防御とパリィに振っている。時々攻撃してるようにみえるのはフェイント込みの牽制だ。


「くっ、中々やるのじゃ! さてはきさま特別な個体じゃな!?」


 いやもう素直にシャルラートと連携しなよ。なぜ自分の最大の強みを封印するのか。


「しゃおー、なんでいつもより時間かかってるの?」

「アリスが見てるからじゃにぇーかな、対抗してるにゃ?」

「わしは、わしは嫌なのじゃ……!」


 シャオは薙刀を振り回し、ようやくネズミに有効打を与えたところでなにやら語りはじめた。


「アリスと同じ後ろで見守る立ち位置は! わしまでアリスと同じだと見られるのじゃ!」

「……キュピ?」


 膝の上でシラタマが首をかしげ、シャルラートが何やら懇願するような視線を向けてきた。


 見られるも何も、ぼくとシャオは同じ後衛で同じ貧弱枠でしょうが。


「おなじく後衛で、おなじく精霊術を使って、おなじく身体弱い組じゃん」


 しっぽ同盟の身体能力ワースト組の仲じゃん。


「わしは風に吹かれて飛ぶほど貧弱じゃないのじゃ!」

「飛ばねぇよ」

「飛んでるにゃ」


 加護の影響であって貧弱さとは関係ないと言いかけたところで、こっちに近づいてくる音が聞こえた。


 子どもの足音と、それを掻き消すくらい大きな――唸り声混じりの四足獣の走る音。しかも複数。


「突っ込みたいことは多いけど、なにか来る」

「でかいのがくるにゃ」


 流石にここまで音がハッキリしているとノーチェたちでもやばいのが来ていることはわかったらしい。


 全員が音の方向に向かって警戒を強めたところで、子どもが茂みから飛び出してきた。


「うわっ! しまった!」


 皮装備に身を包んだ男の子がぼくたちを見つけて目を見開いた。


 それから少し遅れて見知った子が男の子に続いて出てくる。


「え゛っ!?」

「ん?」


 目が合った瞬間、彼は盛大に頬を引きつらせた。


「くそっ、ミリアルド! 俺が引き付けるから……」


 わずかな逡巡の後、最初に出てきた男の子が覚悟を決めたような顔で叫ぶ。


「いらねぇにゃ、スフィ!」

「うんっ!」


 それを遮ったのはノーチェだ。


 ふたりは揃って、男の子たちを追いかけて現れた魔獣を迎え撃つために剣を構える。


 木々を揺らしながら現れたのはフォレストボアと呼ばれる、大型の猪みたいな魔獣だ。この自然公園奥地に生息しているけど、わざわざ刺激しなければ暴れる魔獣じゃないはず。


 それが4頭……かなり興奮しているし、数からして尋常な事態じゃないことがわかる。


「って思ったより多いにゃ!」

「あたしと姉ちゃんに任せるんだゾ!」


 加護を使って浮かび上がったところで、地面を爆ぜさせながらリオーネが飛び出した。


 風圧でちょっと飛ばされかけたんですけど?


「仕方ないわね」


 続いてエルナも右手に棒を握りしめて走っていった。


 先頭の1頭はまずノーチェが頭を飛び越えながら剣に纏わせた雷を落として動きを止めたところに、スフィが延髄に剣を突き刺すことで仕留めていた。


 そこに近づいてくるもう1頭の顎をリオーネが下から蹴り上げた。サマーソルトだ。


「シィッ!」


 蹴りの威力で大きな猪の上半身が浮かび上がる。晒された腹部に向かって、リオーネは鉄輪を振るう。


「爆ぜろっ!」


 インパクトの直前、鉄輪から炎が吹き上がり爆発の勢いで攻撃が急加速した。猪は殴り飛ばされて少し離れた樹木に激突して動かなくなった。


「あなた達! 1頭に集中しすぎよ!」


 スムーズに猪を屠ったはいいものの、少し無防備になっていた3人。それをフォローするようにエルナが棒を使って土を巻き上げ、後続の2頭をひるませた。


「ハッ! 『クラッシュボム』!」

「ガアッ」


 ひるんだ一瞬に赤い光をまとった棒を突き出して牽制すると、くるりと棒を回転させてその勢いで額を殴りつける。堅いものが砕けて潰れる音が聞こえた。


「っ!」


 そこで終わらずに残った1体に向き直ろうとしたが、棒を取り落としかけて動きが止まってしまう。猪はその間に調子を取り戻し、一番近いスフィたちに向かおうとしたが……。


「みんなを守って!」


 いいタイミングでフィリアが光の盾を生み出したことで加速する前に足を止めることになった。


「ナイスにゃ! シャオ!」

「準備はできておる! いくのじゃシャルラート!」


 シャルラートが放つ水の矢が猪の胴体を貫いて仕留める。他に音は聞こえないし、ピンチは去ったと見ていいだろう。


「す、すげぇ……」

「ところで……」


 ぼくの出番はなかったので、呆然と見つめている男の子たちに向き直る。


「あ、あぁ、助けてくれてありがとう、死ぬかと思った」

「みんな気にしてないみたいだから」

「それでも、巻き込んで悪かった!」


 最初に出てきた男の子が、表情を引き締めて深く頭を下げてくる。もうひとりは顔を隠すようにうつむいて震えている。


「って、何してるんだよミリアルド。礼儀は大事だっていつも言ってるのはお前だろ」

「い、いや……」

「とりあえず、事情を聞きたい」


 先程からの反応からして悪意がないことはわかっている。装備はしっかりしているし、ただの無謀で手に負えない魔獣に挑むとも思えない。


 状況を把握するためにも何があって追われるはめになったのかは知っておきたかった。近くにきてようやく確信を得た知り合いも居ることだし。


「森で何があったの、ミリー」

「え? もしかして知り合いだったのか?」


 ぼくの呼びかけに反応して、女装男子なクラスメイト……ミリーが何故か絶望に染まっている顔をあげた。

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