共同研究
ヴァーグ導師とウェンデル老師。錬金術師ふたりは最高位の名に恥じない人物だった。
術式図から読み取れるだけでも手足の動作をよく理解していることがわかる。試しに作った模型を動かしてみただけでも動きがリアルだった。
ぼくが自分で作ろうとしたところで、ここまで上手く術式を組める気がしない。
ウェンデル老師は駆動系で、渡された設計図は非常に緻密だった。
作れる人間がこの世にいるのかってくらい細かくてキレそうになったけど、模型の参考にした程度でもぎこちなかった動作が滑らかになる。
パーツの精度じゃなくて微妙なかみ合わせとかの問題のようだ。内部構造に混じっている不思議な形の歯車とかが秘訣なんだろう。
ちょっと悔しい。
「というわけで何個か作った」
図面を持ち帰って3日。悔しさをごまかすように素直にキューブ状に縮小したもの、複数のキューブを組み合わせる形に直したもの、自分の思いつく範囲で作ったサンプルを学院の実験室に持ち込んだ。
「問題なく動くようだね、大したもんだ」
「ほんとにキューブを手作業で作ったんですか……?」
「ありえない」
錬金術師たちの驚きの声をよそに、ぼくはため息を押し殺した。
それにしても作っている最中、パソコンでプログラムを作っている気分だった。前世ではちょっと興味があったんだけど、知識の習得は厳重に禁止されてたから弄れなかったんだよね。
思いつくことは色々あったけど、結局技術や研究不足で手を出せず不完全燃焼もいいところだった。
「あんた、ハウマスの賢者の石って知ってるかい?」
「なにそれ?」
考え事をしている最中、キューブを手にしたウェンデル老師が自然な声色で呟いた。
「あいつ……ハウマスの爺が術式の縮小を目指してたのは知ってるだろう、理想形は手のひらサイズの範囲内で大量の術式を刻み込める構造体。完成すれば錬金術師の世界に大きな技術革新を齎すと目されていた、そいつの通称が賢者の石だよ。あいつはあんたにはそこまで教えてなかったみたいだねぇ」
ウェンデル老師はキューブを置いて、試作した小型模型に視線を移す。
唐突な問いかけだったから、しくじった事に気付くまでに少し遅れた。ぼくがおじいちゃんの研究内容を知っているかどうか探りを入れてきたのだ。
どういうつもりだろうと警戒度を引き上げる。
「気をつけな」
ぼくにだけ聞こえるような声量でつぶやかれた言葉は忠告だった。
……ぼくが持ち出せた最も価値のあるおじいちゃんの遺産は言うまでもなく『研究手帳』だ。実物はとっくに燃やして、中身は頭の中に全部叩き込んである。
未だに手帳を持っていると思われるのは確かに具合がよろしくない。
「あいつの目指した先は、どんな形だったのかねぇ」
「おじいちゃんの見てた未来なんてわからない」
術式を重ねて積層型の立体的な魔方陣を構築する……。おじいちゃんもそっちの方面で縮小のやりかたを追求していた。
その最中に病気が発覚したみたいで、研究手帳はそこで止まっている。ハウマスキューブこそ現実的な完成形と言っていいのかもしれない。
「このサイズなら魔力は使用者からの供給でいいだろうね」
「でもできるのは簡単な動作だけ、人体の複雑な動きを再現するにはキューブじゃ無理」
「やっぱ厳しいかい?」
「今回の回路図を作るのには15センチの立方体が必要。それ以上はおかしな挙動が混じる」
「画期的な技術なんだがねぇ」
とはいえ現時点の製法だとここが限界点。今でも十分すぎるくらい実用的で便利なんだけどね。
実際にハウマスキューブの開発者を抱える帝国は魔道具開発における最先端技術を持っていると言われている。
それにしても……。
「というかこれ、お祭りまでに完成は無理じゃない?」
祭りの日、発表会まで数ヶ月もない。いくら腕利きが集まってるとは言えこんな短期間でどこまでやるつもりなんだろう。
「うん? 待ちな、ドーマの爺さんちゃんと説明してないのかい?」
「老師であればありうるあの方は錬金術以外には適当なところがあるどうせわかっているだろうと判断して……」
ヴァーグ導師のこもった早口を聞き流しながら、ウェンデル老師を見る。
「……特にこれといった説明は受けてない」
「相手が7歳児だって忘れてんじゃないのかね、あの狸爺は。短期間で実る研究なんてありゃしないよ。だけどねぇ、あたしは当然ヴァーグにだって"自分の立場"ってもんがある。気楽に別の誰かと長期の研究なんて難しい。自分じゃあ無理でも、できる技術を持った錬金術師がいるかもしれないのにだよ。星竜祭はそういった奴らと実証実験をやる貴重な機会なのさ」
「なるほど」
正直ずっと不思議に思っていたことだった。共同研究はいいとして、どうして祭り本番の数ヶ月前に急にはじめるんだろうと。
なるほど、色んな国の技術を持ち寄って実証実験をするための場なのか。
このクラスの錬金術師と遊べるのは、ぼくにとってもいい経験になるかもしれない。
■
色々実験をしていたらあっという間に夕方になってしまった。今日は長引くだろうと思ってスフィたちには先に帰って貰ったのでそっちは大丈夫だけど、夢中になっていると時間の流れが早い。
で、実験を切り上げたあとウェンデル老師行きつけの店へ連れていかれたんだけど。
「『色とりどりの皿』?」
「ここが行きつけの店だよ、アヴァロンに居る時はよく来るんだ」
外周5区の中でも特に高級店がひしめく一角にある店は見るからに高級店。出入り口の時点でスーツを着込んだ男性が待ち構えていて、出入りするのも馬車移動が当然という人たちばかりだ。
「ドレスコードとかある店じゃないの?」
「王立学院の制服は立派な正装だよ、それに錬金術師のマントはどうしたんだい?」
「……あー、シラタマちょっとごめんね」
「キュピ?」
背後にどっしりと構えているシラタマ(大)の羽毛の中に上半身を埋めて、お腹のポケットの中からマントを引っ張り出す。
行動の意味は言うまでもなくカモフラージュである。
「よいしょ」
「どういう構造になってるんだい?」
「ふわふわだ……」
マントを羽織ると見た目だけならこの高級地区に居ても違和感がない気がする。
シラタマにはカンテラの中に戻ってもらい、案内されて入ったのはどこぞの貴族屋敷の食堂みたいな豪華な部屋だった。
照明が反射するまで磨かれた銀食器が並び、部屋に中心には竜を象った荘厳な照明が置かれる。
因みに部屋についた時点でマントは預けた。わざわざ引っ張り出した意味は……。
気を取り直して席につくと、タイミングを合わせて運ばれてきた前菜や食前酒を前に研究談義がはじまる。
「アリス錬師には用意した回路図を製作してもらえないだろうか。やはりハウマスキューブには可能性を感じる」
「正直パーツの精度も予想以上だったよ、ハウマスの爺は良い弟子を見つけた」
「チーズだ」
色々言われてる中、ぼくの関心は目の前のチーズへと注がれていた。
新鮮なミルクの香りがする白い円形の塊は地球で言うところのモッツァレラに近い。輪切りにされた真っ赤なトマトの上に同じサイズで乗せられ、黄緑色のソースが線状にまぶされている。
フォークで突き刺して口に運ぶと、チーズとトマトの旨味が口の中に混ざって広がっていった。ソースは果物っぽい風味で美味しい。
「せっかくいいミルクが手に入るってのに、チーズは一部でしか作られてないんだよねぇ」
「変わらずここの料理は美味だ……」
「凄く美味しい」
アルヴェリアでチーズを作ってる人は少ないと聞いていたけど、保存食ではなく嗜好品としてのフレッシュチーズ方面に振っていたのか。
食べているうちに料理は次々運ばれてくる。トマトと何かの油を塗ったバゲット、生肉のカルパッチョと温かいベーコンとトマトのスープ。
他の人たちの料理より明らかに量は少なく、周囲が揚げた魚に対してぼくだけ生肉だったりと気配りが行き届いている。
「それで、あんたは魔道具作りにしたんだろう? ハウマスの研究を継ぐのかい?」
「まだ考え中」
錬金術師における
例えば空を飛んでみたいという夢を実現させたローエングリン老師。
外傷治癒への対策が充実する世の中にあってなお猛威を奮う死病を無くしたいという夢を実現させたヴァーグ導師。
鋼鉄の巨人を作り出したいという夢を実現させたウェンデル老師。
歴史に名を刻むに足る業績と共に夢を形にした者たちに与えられるのが、
師の夢を引き継ぐっていうのも錬金術師としてのひとつの形だけど……うーん。
「暫くはそれを中心にしながら、自分の夢を探そうかなって思ってる」
「そうかい、じゃあ思い切り遊びなよ。楽しい夢ってのはガキが遊び疲れて見るもんさ」
「……うん」
ウェンデル老師は仔牛のローストをがつがつ食べるような豪快なおばあさんだけど、本当は繊細で優しい人なのかもしれない。
今まで出会った錬金術師とたちと違って、ぼくのことを心配してくれているのが音からしてもわかる。なんだかちょっとくすぐったいな。
「すぐ戻る」
「え、アリス錬師どちらに……」
「レディの退席に行き先を尋ねるもんじゃないよ! バカ弟子!」
「ひっ、すいません!」
少し休憩したくて、椅子から降りて部屋を出る。
照明がきらめく豪華な廊下を歩き始めると、即座に従業員が追いかけてきた。
「お休みになるのでしたら、そちらの角を曲がられた先がよろしいかと」
「ありがとう」
言われた通り廊下の分岐路にあたる道を曲がると、わかりにくいけど中庭に通じる扉があって、その先に手洗いらしき建築物が見えた。
加護を使って体力を温存しながら移動し、小さい方を済ませた頃には何となく落ち着いていた。
自分で思っているより疲れていたのかもしれない。
……というかこれ、外はもう暗くなってるし家に帰るまで体力持つかな?
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