転機ふたたび

 玄関を入ってすぐ右手にある階段。その裏に404アパートの移動に使う扉は設置されている。


 利便性は折り紙付きのアーティファクトだ。ただし本体は扉ではなく鍵である。


「エルナたちがいるあいだ、必要な時以外は鍵をつけない」

「そだね」


 スフィと示し合わせて必要なものだけ持ち出した後、鍵を抜き去る。


 こうしてしまえば階段裏の隠しスペースに設置された謎の扉でしかない。


 ……怪しいなぁ。


「ここ自体は収納に見えるだろうけど」

「荷物ふえたねー」

「うん」


 階段裏は普通に収納にも使っているため、扉前を除いて荷物が増えていた。


 フィリアとノーチェはあれで綺麗好きだし、スフィもお片付けはちゃんとするタイプ。


 荷物が増える主な原因は収集癖のあるぼくと自分で掃除した経験がほぼないシャオ。


 こればっかりは仕方ないとして、溢れた荷物はこのスペースに雑に押し込まれている。


「ところでスフィ」

「なあに?」

「何持ち出したの……?」


 目的は数日分の着替えとか身の回り用品だったんだけど、スフィの抱えているプラスチックケースの中には明らかに数日分を上回る何かが詰め込まれていた。


「おもちゃ!」

「そっか」


 箱の中を見てみると、404アパートの倉庫にあったり、ぼくが道中で作った玩具やテーブルゲームの類がひしめている。


 むふーと鼻息荒く遊ぶ気を露わにするスフィの背後では、ふさふさの砂色しっぽが揺れていた。



 ぼくとスフィはフィリアのところに、エルナとリオーネはノーチェのところに間借りして一晩過ごした。


 翌日はちょうど休みだったので、一日のんびり過ごすことを決めた。


「これはねー、たけこぷ……」

「バンブーフライ」


 庭で玩具を広げながら危うい言葉を吐き出そうとするスフィの言葉を訂正する。


 手にしているのは回転羽と芯棒を組み合わせ、手のひらをこすり合わせることで羽を回転させて揚力を得る仕組みの玩具。


 地球では竹トンボとも言う。


 他にもけん玉とかメンコとか、複雑な機構を必要としない玩具は色々作った。


 シンプルすぎるかと思ったけどかなり好評で嬉しかったのを覚えてる。


「ちょ、ちょっと、これ宝石じゃないの!?」


 成人間近というだけあって、一緒に遊ぶというより面倒を見ている感じだったエルナが突然悲鳴をあげた。


 手にする箱はたしか……あぁビー玉か。


「それね、ビーダマっていうの」

「お、玩具……?」

「うん、硝子を球体に加工した玩具」


 スフィの言葉を受けておそるおそる指で摘んで持ち上げたエルナに、足りない詳細を教える。


 もちろん地球産じゃなくて、ぼくのハンドメイド品だ。集めた砂とかの材料を冶金学部で溶かしてガラス棒にしてもらったのを原料にしたもので、透明度は結構高い。


「透明な硝子……やっぱり宝石じゃない!!」

「……錬金術師の間ではそこまで」

「じゃないよ、アリスちゃん」


 そこまで貴重品じゃないと言いかけたところで、フィリアにツッコミを入れられた。


 透明の高い硝子は確かにお高い品ではあるけど、宝石はいいすぎだと思う。


 そりゃあ硝子以外でも素材を真球に加工できる錬金術師は……あれ?


 思い出す。冶金学科のクレスタ教授は普通に鉄を球体に加工していたし、ぼくも同じことが出来た。


 真球に近しい綺麗な球体に加工できる錬金術師や職人ってギルドに何人いるんだろう。


「……気にしないで、ただの玩具だから」

「…………怖いから戻しておくわね」


 慎重な動きでビー玉が入れ物に返還され、スフィのお宝箱へと戻っていった。


 


 もしかしてあれの中身って一部が本物のお宝になってないか……そんな疑問を努めて横に追いやり、ぼくは庭の見える縁側でブラウニーの入れてくれたお茶をすする。


 少し肌寒い気温の中、温かいお茶が染みた。



「ノーチェは才能あるゾ!」

「当然にゃ!」


 庭にある柔らかく調えた土の上で、ノーチェとスフィが舞を習っている。


 教師役のリオーネは楽しそうに踊り、ふたりは動きを追いかけてくるくる回る。


 ノーチェはギリギリ再現できているが、スフィはぎこちなく時おり動きを間違えていた。


 流石は猫科同士、気持ち悪いくらい身体や関節が柔らかい。


「むぅぅぅぅ!」


 スフィは悔しそうにしながらも急成長中、だけど相手は才能と努力と適性全部が揃ってるで分が悪い。


 あとで荒れそうだなぁと、八つ当たりで抱きまくらにされる覚悟を決めながら横に座るエルナに視線を向けた。


 玩具箱の中を見たショックから立ち直ったらしく、もうすっかり落ち着いている。


「踊り、嫌ってるかとおもった」

「故郷に居た頃から舞は得意だったのよ、あの子。あんな生活の中でも、自分の舞でお客さんに喜んで貰えるのが救いだったみたい」


 命を人質に取られた生活を何年も続けてきた中でも明るさを失わずにいたのは、好きで得意な踊りを評価して貰える環境があったからのようだった。


「暢気だってやきもきすることもあったけど……終わってみればそれで良かったって思うわ」

「うん」


 好きなことがひとつでも手元にあるなら、檻の中でも心の拠り所になる。状況も深刻さも全然違うけど、ちょっとくらいはわかるつもりだ。


「とー!」

「おぉ、スフィもすごいゾ!」

「やるにゃー」


 寒さに負けず庭ではしゃぐみんなを見守りながらぬるくなったお茶に口をつける。


「スフィちゃんたち、寒くないのかな」

「寒いと思うよ」


 ブラウニーがストールを肩にかけてくれた。中身が少なくなったカップを渡してお茶を入れ直し貰う。


「少なくともぼくは寒い」

「アリスちゃんはお部屋の中に戻ったほうがいいんじゃ……」

「ひとりだけのけ者はやだ」


 みんなが庭に集まってるのにひとりだけ家の中なんて寂しいじゃん。


 なんてフィリアと話しているうちに何故か巫女服姿のシャオが威風堂々と庭に出ていく。


 どこにいるのかと思ってたけど、着替えてたのか。


「ふふん、シャルラートにも認められたわしの舞を見せてやるのじゃ」

「おう、見てやるにゃ」

「シャオがんばれー!」


 胸を張ったシャオを、ノーチェたちがいつものノリで囃し立てる。


「そういえばシャオちゃん、精霊様の巫女だもんね」

「良いものが見れそうね」


 どこかワクワクした様子のフィリアとエルナを横に、ぼくは頭の中でシラタマのダンスを思い浮かべた。


 獣人はだいたいが星竜か精霊信仰なので、精霊の巫女という立場にそれなりの憧憬があるようだった。


 でもなぁ、精霊の愛し子だもんなぁ。


「アリス、音楽を!」

「寒いからやだ」

「ぐぬぬ! 仕方ないのじゃ」


 シャオの要求を突っぱねて、ブラウニーが持ってきてくれた熱めのお茶で暖を取る。弦楽器くらいしかないし、指がかじかんでるので弾きたくない。


 切り替えたシャオがはじめた演舞は、まぁなんというか"お遊戯会"レベルだった。それ1本で興行の目玉になるリオーネと比べる事自体が可哀想だろう。


「…………」

「……えっと、その」

「フィリア」


 なんとかフォローしようとするフィリアの目を真っ直ぐ見つめて、首を横に振って見せる。


「愛し子に対する対応と、人間に対する対応はぜんぜんちがうんだよ」

「あー……」


 小声で伝えるとフィリアには理解して貰えたようだ。


 ともだちからのプレゼントは"特別"なのだ。ゴミを渡されたら怒るし嫌がるだろうけど、心のこもったプレゼントなら精霊だって嬉しいんだと思う。


 後ろの方からシャオを見守っているシャルラートはゆらゆらと身体を揺らして嬉しそうに見えた。


 それだけで本来はシャルラートに捧げる舞なんだろうなってのがわかる。


「ハァ、ハァ……どうじゃ!」

「うん! 心がこもってていいと思う!」


 リオーネはシャオの舞を素直に認めた。踊り手同士通じ合うものがあったらしく、握手をしている。


 こっちにも握手文化あるんだなぁってほのぼのしていると、リオーネと目が合った。


「アリスも一緒に踊ろう!」

「だめー!」

「おまえまさか暗殺するつもりにゃ!?」

「ばかもの! ひとごろしになるつもりか!」

「えっ、えっ」


 ぼくが拒否するより先に3人分の声が響いて、リオーネが突然の自体に目を白黒させている。


「たしかに踊るのは無理だけど、みんな過剰反応しすぎ」


 取り敢えず文句を言ったら、フィリアまで『何言ってるの?』みたいな目でぼくを見てきた。


 ……そこまでは過剰反応だってば。



「ローエングリン老師には話をしておきました」


 そんな楽しい休日が過ぎてやってきた登校日の放課後、ハリード錬師がグランドマスターからの伝言を持ってきてくれた。


 相変わらず仕事が早い。


「なんて言ってた?」

「協力への対価を求めておられました。星竜祭へ向けて各地の錬金術師が聖都に集まってきています。学会や研究発表があるためです。この機会に短期的ですが共同研究をすることもあります。そこでとある錬金術師の方が魔道具技師を探していまして、その研究に協力してほしいと」

「……どんな研究かにもよるけど、仲裁に対してふっかけすぎてない?」


 心の中の怪訝に思う気持ちが表に出てしまったのを察して、両手で揉んで元の無表情に戻す。


「交換条件は"協力の確約"です、報酬や見返りは通常通りですよ」

「なるほど」


 つまり『紹介された依頼を受ける約束』自体が交換条件ってことか。それだけなら確かに安いけど。


「ただ働きや過重労働を要求されることとかは?」


 警戒するのはその点だ、ただ働きはまぁ最悪許容するとしても過重労働は命にかかわる。


「幼子に無体をする方ではありません。何よりハウマス老師とも親交があったお方ですので心配はないかと」

「……おじいちゃんの交友関係はいまいち把握してないけど、ぼくも知ってる人?」

「名前くらいは聞いたことがあると思います。ウェンデル老師です」


 本当に名前だけは聞いたことがあった。第10階梯錬金術師アルス・マグナのひとり、ゴーレムマスターの異名を持つ錬金術師だ。


「大型ゴーレムを開発した人だっけ」

「正確には大型駆動システムの構築ですね、認定は確かモルダ王国で開発された魔導列車の駆動機関の研究でしたか。まだ国内での試験運用に留まっているようですが」

「列車とか初耳」

「開発そのものは10年前なのでアリス錬師が産まれる以前で、情報もまだあまり外に出していないようです。ハウマス老師とはある意味対極の研究をしておられる方ですね」


 しまった、魔導列車とかそんなワクワクするものがあったなんて。


「魔導列車、関連情報あったら読みたい」

「特約事項で写しは本部にしかありませんので、モルダ王国か本部まで行く必要がありますね」

「がっでむ」

「というより、話を受けるのでしたら直に聞けると思いますよ」

「あ、そっか」


 どっちにせよ受けるつもりではあったし、そういう相手なら研究も楽しそうだし異存はない。


「因みにどんな研究の予定なの?」

「もうひとり、ヴァーグ導師と共に新型の義肢開発を考えているようです。ゴーレム技術を応用した高性能義肢なのですが、魔力のみで精密動作をさせるには膨大な術式が必要ですからハウマス老師の圧縮技術を求めているとか」

「……救命のヴァーグ?」

「はい」


 そっちも知っている。地球で言うところの抗生物質に近いもの発見して、抗菌剤の安定製造を確立させた錬金術師だ。


 命を救う薬という黄金錬成夢の実現を成し遂げた第10階梯錬金術師アルス・マグナだ。


「なんでそんな大物同士の……研究……に……あのくそたぬきじじい」

「おや、お気づきになられましたか」


 不意に頭に浮かんだ疑問の答えに思わず声が震える。脳裏に浮かぶ油断ならない好々爺キャラの顔に苛立ちを覚えた。


「おじいちゃんの技術をどれだけ受け継いでるか試そうってこと?」

「そういう考えもありますね。まぁついていけないところで"まだまだ可愛げがある"くらいにしか思われない年齢というのもあると思います。主な理由はたきつけと勉強になるだろうからですね」

「たきつけ?」

「最初に進む道を決める指標にするため、ですね。私個人としてはゆっくりで良いと思っていますが、中には焦れている方も多いんですよ」

「むぅ」


 めんどくさいなと思いつつ、内情は何となくわかった。


 でも……新型の義肢か。家に遊びにきているエルナの左手を思い出す。


 ポーションや魔術のおかげで外傷に対する治療法は豊富だけど、身体部位の欠損や障害の治療という意味ではまだまだ研究途上だ。


 スフィやノーチェが冒険者をやってる以上、そういった大怪我の可能性は常につきまとう。


 今回の話はぼくにとっても大きな利益になりそうだ。


「とりあえず、受けることは決めてる。専門はいちおう魔道具でいくつもりだった」

「お決めになられていたので?」

「うん」


 誘われてる工学も冶金も薬学も、興味はあるけど"やりたいこと"とはちょっと違う。


 落ち着いた生活の中で色々見て回っても、やっぱりぼくの中には物語に登場するような"魔法の道具"に対する憧れは消えなかった。


 どうせ錬金術をやるならそういった道具を作ってみたい。今までみたいにこっそりじゃなくて堂々と。


 今までは面倒事を避けるつもりでそのあたりを表に出してこなかったけど、いい加減切り替えてもいいかもしれない。


「やはり魔道具技師の道を行かれますか、楽しみですね」

「こんど製作物もっていく」

「でしたら本部が良いかもしれません。ちょうど錬金術師が集まってきていますから評価も得やすいでしょう」

「参考にする」


 ちょうど時間的な余裕もできてきたことだし、自分の研究について考えるのにちょうどいいかもしれない。

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