くやしさ
「エルナもリオーネもよくきたにゃ」
「おっス!」
「お邪魔するわ」
エルナたちをリビングへ迎え入れてお茶を出す。軽く挨拶を済ませたところで、のんびりとした空気になった。
「それで、ハリード錬師に相談してきた」
少し間を置いて、一応ローエングリン老師に話を伝えてくれること。
釘刺しくらいはしてくれるようだけど、その後どうなるかはわからないことを話した。
伝え聞くフィルマ家の情報からすると、恐らく事実調査をしてからローエングリン老師を通して"お詫び"を入れてくるんじゃないかって考えてる。
未踏破領域はその名の通り『未だ誰の土地でもない領域』である。内部での犯罪行為の扱いはあやふや。
踏み入るのは原則実力者のみで、下手すると殺人すら許容されてしまうという事実が逆に犯罪の抑止力になっているくらいだ。
そんな場所での行為だからこそ罪として裁くのは難しい。だからこそ、みんな"犯罪"じゃなく"醜聞"という言葉を使っていた。
それでも暴走した部下を処罰する理由としては十分だとは思うけど。
「そうか……ま、何もされないならもうそれでいいにゃ」
「よほどキレてない限り、これ以上自分の立場を悪くするようなことはないと思う」
結果的にただの大冒険で終わったこともあって、ノーチェたちがあまり引きずってないのが幸いだった。
「……それでスフィは何してるの」
話が終わったところで、さっきから執拗にぼくの服の匂いを嗅いでいるスフィを抑える。
「アリスからりんごのにおいがする!」
「帰り道で売ってたから買った」
「りんご!!」
かれこれ軽く1年以上は口にしていない好物にスフィのテンションがおかしくなっている。
このままだとぼくごと食べられそうなので、さっさとおみやげを渡すことにした。
「まだ味確かめてないけど、はい」
「やたっ! アリスだいすき!」
ポケットからリンゴの入ったかごを取り出してひとつ渡すと、スフィがきゃーとしっぽを振り回しながらその場で回転する。真っ赤なりんごを手に入れた宝物のように頭上にかざして。
そして残ったりんごは……微妙に数が減ってる。
いつもお腹に貼り付けてる不思議ポケットはたくさん収納できて便利なんだけど、食べ物いれるとたまに何かに食べられるのが欠点だ。
「りんごは基本スフィのおやつ用で……」
「手を出したら噛みつかれそうだにゃ」
「そんなことしないもん! みんなで食べよ!」
優しいスフィは独り占めせずにみんなで食べることにしたらしい。
「スフィはやさしい」
「えへへ……あ、ブラウニーちゃん。りんごむいてくれるの?」
りんごの入ったカゴを回収しにきたブラウニーに裾を引っ張られ、スフィが手に持っていたりんごを渡す。
台所にカゴを持っていったブラウニーがひとつ手に取り、ペティナイフを器用に使ってりんごを切っていくのが目に入った。
1分もかからずにカットを終えると、皿に並べたりんごをテーブルの上に出してくる。
「料理や家事は器用で丁寧なのに、どうして戦いはあんなノーコンなのか」
歓声をあげてりんごを齧るスフィを隣に、ぼくもひとつ摘んで口にする。
ほのかな酸味と強い甘みが口の中に広がった。こっちでは食べた記憶がないくらい甘くて美味しい、日本で食べたりんごに負けないくらいだ。
作業を終えたブラウニーが隣でぼくをぽかぽかと叩いてくる。ノーコン呼ばわりが気に入らなかったらしい。
「だってブラウのは攻撃じゃなくてもう交通事故とかの類じゃん」
「――!」
そんなことないと、ぬいぐるみのふんわりとした手が身体をポスポスと叩く。あのノーコンっぷりで自信を持たれるとそれはそれで困る。
頭を撫でくりまわしてなだめると、ようやく殴打が止まった。
「…………アリスちゃん」
「?」
呼ばれて顔をあげると、フィリアとノーチェの顔が真っ青になっているのが見えた。
「それ怖いからやめて!」
「それコワイからヤメロにゃ!」
「え? うん」
思わず首を傾げると、偶然対面にいるエルナたちも不思議そうにしていた。
■
「それにしても、思ったよりずっと早い再会だった」
「リオーネが会いたがってたのよ」
こっちに帰る時、グラム錬師を通じて錬金術師ギルドにエルナたちが訪ねてきたらこっちの所在地を教えていいって通達している。
ふたりはどうやらそれを頼ってこの家まで来たらしい。
「せっかく友だちになれたのに、すぐ帰っちゃうしひどいゾ!」
「こっちにも予定があったにゃ、仕事は大丈夫にゃ?」
「今はちょうど禁漁期だったのよ」
エルナ曰く今の時期は海漁ギルドでは仕事がないみたいだった。アルヴェリア近海では春と秋は禁漁期なので大きな漁はやらないのだという。
「仕事がないわけじゃないけど、人手が十分足りてるから今のうちだって言ってたわ」
「ノーチェたちの家に泊まっていいか!?」
ノーチェに視線を向けられたので、無言で頷く。扉は隠蔽する必要があるけど、泊めるくらいなら大丈夫だと思う。
「別にかまわないにゃ」
「やった! ありがとう!」
「……ごめんなさいね、自由に友だちと遊べるのなんて久しぶりだから」
「気にしないでいい」
テンションの高いリオーネとノーチェたちが話しているのを横目に、ぼくはエルナと話す。
「元気そうで良かった」
「おかげさまでね」
顔色も良いし、雰囲気も随分おだやかになっている。
「……左手、どうかした?」
「あぁ、これね」
ただ、先ほどからまるで左手を隠すようにして右手しか使ってないのが気になった。
「身体の方は傷が残ってたりしなかったんだけど、指だけうまく動かないの」
困ったように笑いながら、エルナが左手を持ち上げて見せた。
「気にしないでね、あなた達のおかげでこの程度で済んだのよ。傷が原因ってわけじゃないらしいから、動くようになる可能性もあるらしいわ」
まるで軽いことのように伝えるエルナの声が少しだけ震えている。
呪いの後遺症だ、治るかどうかはわからない。
もう少し早く動いていればという感情的な自分と、五体満足なだけ御の字だという冷静な自分が頭の中でにらみ合う。
「意外とあっさり動くようになるかも」
「ふふ、そうかもね」
心にもない慰めに空っぽの返事。そのくらいしか出来ないのが何とも歯がゆい。
呪いはなんとかできても、呪いに負わされた傷はなんともならない。
それでも念のため確認しておきたいことがある。
「シャオ、ちょっといい?」
「なんじゃ?」
「彼女をシャルラートに診て欲しい」
「……精霊の力はほいほい使って良いものではないのじゃぞ」
「わかってる。呼んでくれたらぼくが頼んでみる」
「確実に嫌とは言わないのが複雑じゃ! …………シャルラート!」
本当はこういうのは良くないんだけど、渋々ながらシャオが詠唱してシャルラートを呼んでくれた。
水でできた魚がシャオの頭上で円を描くように泳ぎ、ぼくの前までやってくる。
「シャルラート……」
少し悩んで、言葉を続けた。
「"お願い"がある、この人を診て欲しい」
精霊に対する警戒は、辿れば前世の幼いころから執拗に刷り込まれてきたものだ。
シャオと仲の良い精霊だから大丈夫だと思っているけど、恐怖は消せない。
意思疎通が出来て信頼関係もあるシラタマたちとは訳が違う。早鐘を打つ心臓を胸の上から押さえた。
シャルラートは頷くような動作をして、驚くエルナの左手をじっと見つめた。数秒ほどして今度はシャオを振り返る。
「ふむ、呪いで歪められた傷痕じゃから、ビースト・オブ・オールドスリーでもない限りは無理だそうじゃ」
「……ビースト・オブ・オールドスリー?」
神獣は火水風土に太陽と月、それから星の7種類のはず。
訳するなら『古き三柱の獣』だろうか。
「わしも知らぬ。それぞれ泥と命と時? を司る神獣だそうじゃ。今この世界にはおらぬと言っておる」
「うん……?」
取り敢えず、簡単に助力を頼める相手じゃないことだけはわかる。
「……神獣様の力が必要なら、流石に無理ね」
「あ、ごめん……シャルラート、他に方法はない?」
精霊に驚いていたエルナがあからさまに落ち込んでしまった。神獣の力が必要なんて言われたら無理もない。
「ふむふむ。呪いそのものは消失しておるから、時間をかければ動かすくらいなら何とかなると言っておるのじゃ」
「そ、そう……良かったわ」
見え見えのフォローだけど、エルナのショックも多少和らいだようだ。
思ったより深刻ではないみたいで良かったけど、結局何もできることがないのに落ち込む。
「……のうシャルラート、わしが頼んだときより張り切っておらんか? 普段はそこまで細かく診ないし言わないのじゃ。そんなことない? 本当なのじゃ?」
気づいたらなんか別の方向で落ち込んでる人がいる。
「ふふ、ありがとう。大丈夫よ、あなた達の気持ちだけで嬉しいわ」
「……うん」
ぼくを見て、今度こそ建前じゃない本心から慰めているのがわかる。
そういうところが何となくスフィと被って心がもやもやする。
錬金術師としてそれなりに腕があるつもりでも、ここで力になれないのがくやしかった。
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