方針

 流石に伯爵家の醜聞を人の多いところでする訳にも行かず、ルークに連れられて人気のない校舎裏で永久氷穴での経緯を話すことになった。


「………………」

「ルーク、だいじょうぶ?」

「おーい、おーい」


 黙って聞いてくれていると思ったら、完全にフリーズしているだけだった。


 さすがに『踏破済で、かつ永久氷穴の主が現在ぼくの頭の上で謎の動きをしている』ってことは言ってない。それでもちょっと情報量が多すぎたらしい。


 シラタマは人の頭の上でダンスの練習をしないでほしい。重量殆どないから負担は感じないけどさ。


「……ヴィクトーリア様はこの事を把握しておられるのか?」

「お嬢様の方は確認する余裕なかったんじゃない?」


 ぼくもちょっと腹が立っていたから読みきれなかったけど、思い返すとかなり疲労の色が濃かったように思う。


「因みにこの話を突っ込んだら、相手はどんな反応するとおもう?」

「……フィルマ伯爵家は古くからの名家だ。孤児の証言とはいえ政敵に付け込まれる醜聞にはなるだろうし、騎士の愚行を放置はできない。どちらに動くかは僕にもわからない」


 ルークが難しい顔をする。


 騎士を守ってぼくたちの口を塞ぐか、主筋の責任として謝罪して和解を目指すか。フィルマ家がどっちに動くかは読めないらしい。


「君たちがどんな決着を求めるのかも大きいな、譲れる譲れないのラインについてなら貴族として相談に乗れるかもしれないが」

「うん、ちょっと聞きたい」


 平民のうえに孤児を相手にして、求めたものをどこまで了承するかという話だろう。


 そういう意味で、現役で貴族の子であるルークから聞けるのはありがたい。


「ひとつ、家として正式に謝罪させる」

「無理だな、アルヴェリア貴族は剣と杖を振りかざすことを好まないが、それでも貴族であることに変わりはない。品のない言い方にはなるがBクラスは勿論、僕だって端の方にいる」


 剣と杖は力の象徴、すなわち権力の言い回し。


 学院で見たことのある貴族はフレンドリーか平民を見下してるのかの2種類だけど、結局はそのどちらもが極端な例だって言いたいようだった。


 Bクラスの連中みたいに高慢ちきではなくても、ルーク達みたいに寛容って訳でもない。


 ぼくが前に出て決着をつけようとすれば礼儀作法の問題でこじれまくりそうだ。


「ひとつ、お嬢様に謝罪させる」

「……不可能ではないが、限りなく難しいだろうな。聞く限り臣下に命じてやらせた訳でもないのだろう? ヴィクトーリア様は学院の高等部に在籍しておられるが、卒業後は宮廷魔術師になるだろうと言われている優秀な火の魔術師だ。家の方がまず許さない」

「無理かー」

「一度お会いした時には穏やかで心優しい方という印象だった。御本人の性格を考えれば事態を知れば非公式にでも謝罪に動くだろうが……そもそも信を置く臣下とはいえ、そんな愚行を許したのが意外だ」

「うーん」


 ぼくの態度が原因とは言え、主の指示を越えて動く従者をよく見るからなんともいえないけど。


 気丈に振る舞ってはいたけど、あの状況で一番追い詰められていたのはそのお嬢様だったのかもしれない。


 小さいアイスワームなんて火系統が得意な魔術師なら簡単に蹴散らせるはずだ。


 思い返せば彼女の部下たちも魔術を使う様子を見せず、挙句の果てに命綱である騎獣に使うポーションすら残ってない有様だった。


「……でも、いじわるだったよ」

「ヴィクトーリア様がか?」


 むすっとした様子でスフィがつぶやいた。


 ルークは意外なことを言われたとばかりに怪訝そうな表情を見せる。


「助けたおれいするって言ったのに、無礼なーとか、口のききかたがーとか……」


 困惑した様子でルークが何故かぼくを見る。優秀なのはスフィの方なんだけどな。


「礼儀作法は不得意だから、従者の人たちにいろいろ言われて、お嬢様は止めてた気がする」

「あぁ、それは……うん、パフォーマンスだろうね」

「ぱふぉーまんすぅ?」


 胡乱げなスフィの声がやけに響いた。


「従者の立場としては主への無礼を咎めなければいけない。従者が咎めて主が許すという図式が必要になるんだ。状況が状況だけに形式に拘るかは何とも言えないが」

「まぁ、そんなところだろうとは」

「えー」


 ちらちらぼくを見る理由はわからないが、貴族も色々と大変なようだ。


 話を聞いても不満そうなスフィの頭をなでてなだめる。


「最後、実行犯の騎士に謝罪させる」

「その騎士の位にもよるが、一番丸く収まるとすればそこだと僕も思う。正式だったり賠償となるとそう簡単にはいかないかもしれないが」


 冷静に考えてみればお嬢様の方には特に何もされていない。指示だった可能性もなきにしもあらずだけどそれこそ憶測での糾弾だ。


「現実的な決着としては実行犯からの謝罪、かな」

「全員が無事だったんだろう? "必要以上"の要求は攻撃を招く」


 逆に言えば妥当な範囲なら貴族相手でも周囲からの同情を得られるということ。


「わるいことしたの、あっちなのに」

「貴族の持つ権力は大きいからね、だからこそ主筋にあたる者は襟を正すように厳しく言いつけられるんだ」

「だからこそ我慢する主のために暴走しちゃう従者が出ると」

「明け透けすぎるが、そういうことだ。それと、もしも訴え出る時は関わりのある貴族の家を頼ったほうがいいと思う」

「そうする、ありがとう」

「ルーク、ありがと」

「あぁ、気をつけて。いつでも相談して欲しい」


 心配してくれている様子のルークにお礼を言って解散。


 今はまだ遭遇したくないので、校門でノーチェたちと合流してそのまま帰宅することにした。


 有益な話だったけど問題はノーチェたちが納得してくれるかだよなぁ。



 404アパートで夕食を取っている間に、ぼくはノーチェに今日あったことを話した。


「というわけで、もし訴え出るなら騎士だけなら謝らせることができるかも」

「…………にゃ?」


 氷穴でぼくたちを突き落とした騎士の仕えている家の子が入学試験を受けていたことから、ルークと話した内容までを伝えたところでノーチェは不思議そうな顔をした。


「…………」

「…………」

「おぬしらもなかなか難儀な縁をもっておるのう」


 首を傾げるノーチェの横で、シャオがひき肉とマッシュルームのようなキノコを挟んだラビオリをフォークでつついている。


 数分ほど固まっていたノーチェが、ハッとした様子で目を見開いた。


「あいつにゃ!?」

「忘れてたんだ」


 どうやらノーチェも忘れていたらしい。


「違うにゃ、雪のとこであったヤな女のことは覚えてるにゃ、あいつ騎士だったにゃ?」

「そうそう」


 どうやら騎士って単語と永久氷穴で会った"ムカつく女"とがすぐに結びつかなかったようだ。


「うーん……まぁむかつくし謝らせたいけどにゃ。みんにゃとこうやって暮らすのを捨てたいほどじゃないにゃ」

「スフィもかえるとちゅーでずっと考えてた。ゆるせないし、あやまって欲しいけど、そのためにみんなが大変になるのはやだなって」


 思ったより怒りの度数が低くて少し安心する。


「……あの、アリスちゃんはいいの?」

「ん?」

「だって、その、一番ひどい目に合わされたのってアリスちゃんでしょ」

「…………あぁ、そっか、そうだった」


 ちょっと不思議だなと思っていたら、フィリアの質問で理解した。


 人質にされてワームの穴に放り込まれた、つまり直に殺されかけたのはぼくだった。


 スフィが強く反応したのもそのせいか。


「なるほど」

「アリスはこんなかんじだし!」

「うむ」


 だって悪意ある手合にまともに取り合ってたらキリがないし。


「ま、色々あったけど今が楽しいしにゃ!」

「うんうん」

「……じゃあ相談だけはして対応は保留しとく、それでいい? 学院側も揉め事があるのは把握しときたいだろうし情報伝達は必要」

「任せたにゃ」


 こっちでの生活も落ち着いてきて、みんなも心に余裕が出てきたみたいだ。


 同意を得たので、後日ハリード錬師を通じてローエングリン老師にも相談することを決めた。


 あとはそういった調整が得意な大人がいい感じにまとめてくれるだろう。

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