2学期

 雪の精霊たちの同意を得て庭の奥まった部分を彼等の領域とすることを決め、木の柵で囲った。


 シラタマも一緒になって小さな雪の庭作りをはじめ、1日経った頃には大きな氷の樹を中心にミニチュアサイズの氷の森が出来上がっていた。


 幻想的な光景に感心しながら囲いの近くに好物だというベリー系の苗を植えて共同生活がスタートした。


 彼等は見た目や運動機能こそ鳥だけど、実際には鳥とは似ても似つかない存在だ。


 たまに裏庭や崖上の森を人目につかないよう飛び回るくらいで、普段はとても大人しくしてくれている。


 精霊との共同生活は順調な滑り出しと言えた。



「じゃあお留守番よろしくね」

「チュリリ」


 程なくしてやってきた登校日。玄関に施錠をしたところで様子を見に来た雪の精霊に声をかけた。


 発見時のことを思うに相当な数がいるはずなんだけど、気を使ってくれているのか一度に姿をみせるのは多くて5体に収まっている。


 中には雪そのものに変化してる子もいるし、領域内に溶け込んで見えなくなっている子もいる。実数はどのくらい居るのか想像もつかない。


 そんな彼等はぼくたちが出かける時の留守番を快く引き受けてくれた。


 今までは単独行動が出来るブラウニーかワラビに頼むしか選択肢がなかったのだけど、おかげでだいぶ助かることになった。


「アリスちゃん、ほんとにあんな感じでいいの……? いつも見るたびにぎゅうぎゅうなんだけど……可愛いけど狭くないのかな」


 家から少し離れたところで振り返り、フィリアが困ったような顔をした。


 雪の精霊……世間では雪妖精スノウフェアリーって呼ばれてるんだっけ。柵の中で塊になっている光景をよく見る。


 確かに窮屈そうに見えるけど、本人たちはあのスペースで十分に満足していると言っていた。


「鳥に見えても雪だから、積もったり固まると落ち着くみたい」

「あー……」


 フィリアもウサギだから狭いところは落ち着くので、それだけでわかってくれたみたいだ。 


「それにしても、アリスが素直に精霊頼るのって珍しいよにゃ」

「あー……シラタマの眷属だからかな、なんかよその精霊って感じがしない」


 ノーチェが笑いながら言った。


 アンノウンという存在が意味不明で危険なものという感覚は変わっていない。


 契約という形で意思疎通ができるようになったり、交流を重ねることでようやく信用出来るようになったのが今傍に居てくれる子たち。


 見知らぬ精霊はやっぱり警戒のほうが前に出るんだけど、雪の精霊に関しては不思議と身内のように感じてしまう。


 シラタマの親戚みたいなものってことと、当人たちがしっぽ同盟全員に好意的なのも大きい。


「もしかしたら、フカヒレやブラウニー、ワラビの眷属なら同じように感じるのかも」

「フカヒレはあのやべぇサメだよにゃ、ブラウニーはあの街で見たような玩具で……ワラビの眷属はなんだにゃ?」

「……風に浮くクラゲ?」


 取り敢えずブラウニーの眷属にあたるぬいぐるみの玩具とかは平気そうな気がする。サメとは理解わかりあえない。


 ワラビの眷属については存在してるとしたらどんなものになるのか自体が謎だ。


 そもそもあの子は既存の生き物に無理矢理分類すると何になるんだろう。


「……シラタマは鳥、フカヒレはサメ、ブラウニーはクマ、ワラビは……何?」

――チリリン


 返答のように頭上で鈴が鳴り、イメージが返ってくる。ええっと。


「あ、クジラの骨格なんだそれ……ん?」


 ヘビだと思ってたら違った。というかクジラの骨ってそんな形だったっけ、ぼくの知っているクジラと違う気がする。


――リリン

「なるほど」

「なんて言ってるにゃ?」

「もととなった精霊が風の神獣の眷属だったんだって」


 ワラビの元となった鈴の持ち主、つまり前身となる精霊が神獣と同じクジラの姿をしていたようだ。


「精霊っていろんな姿してるんだにゃ」

「精霊さん、けっこういろいろいるよねー」

「ここまで精霊屋敷になってきたら、ちゃんと専門家の話を聞いておいたほうがいいかも」

「……最近思うのじゃが、もしかしてねねさまよりおぬしの方が精霊について詳しいのではないか?」


 こっちの世界での精霊の一般的な取り扱いとか注意事項とかを知りたくて言うと、しっぽ同盟の精霊術士枠であるシャオが怪訝そうな顔をした。


「詳しいというか、密度の濃いコミュニケーションは可能だと思う。でも一般常識がないから他の人と話が合わせられない」

「確かにそうじゃな、4属性の精霊と本命契約しておる時点で色々おかしいのじゃ。伝説の精霊術士ですら契約できたのは3属性の大精霊なんじゃがな……」

「カナットの冒険?」

「そうじゃ、お主も読んだことあるのじゃ?」


 『カナットの冒険』は大昔に居た伝説の精霊術士の活躍を描いた冒険小説だ。


 剣も魔術の才能もなくて役立たずと村を追放された青年が、旅の途中で出会った精霊たちと契約することで力を得て貴族に成り上がるというストーリー。


「うん、小さい頃に読んだ」

「そうかそうか。意外かもしれぬが、わしとしてもカナットに重なるものがあったのじゃ……」

「だろうね」


 意外どころかシャオの現状そのものじゃん、条件は大分違うけど。


 改めて契約してくれる精霊を探さなくとも、シャオが復讐をやろうと思えばシャルラートが大暴れしてくれるだろう。


「チュピピピ」

「え、ほんと?」


 そんな話をしていると、シラタマが『そいつ知ってる』と言い出した。


「チュリリ、チュピ」

「…………」

「どうしたのじゃ?」


 氷穴の奥にやってきた精霊から聞いた世間話だと前置きしてシラタマが教えてくれた。


 精霊術の素養があって、なおかつ人間に復讐したがってる人間がいたから面白がって力を貸した大精霊がいたと、ぼくとシラタマが出会うちょっと前に話題になったことがあるらしい。


「知ってるらしいよ」

「おぉ、そういえばシャルラートも力を貸すまではいかなんだが、気に入っていると言っておった。きっと立派な人物だったんじゃろうなぁ」

「…………ソウダネ」


 一部の人達が語り継ぐ『精霊は心が清く優しい人間を好む』という言い伝えは、間違ってはいないけど大きな誤解がある。


 ぼくから言えるのはそれだけであった。



「じゃあまた後でね!」

「授業がんばってね」


 雑談をしながら学院に辿り着き、それぞれ別々の教室へ向かう。


 相変わらずボロっちいDクラスの教室に入ると、すでに他の生徒も全員集まっていた。


「おはよう」

「おっす! おはよう!」

「おはようアリスちゃん、元気そうで良かったわ」


 返ってくる挨拶を受けながらすっかり定位置となっている教室の後ろへ座ると、前に座るブラッドとゴンザが振り返った。


 いつものメンバーって感じで少し安心した。夏を過ぎてみんなちょっと雰囲気が変わっている。


 まぁ一番変わったのは船の仕事で日焼けして身体が引き締まったロドかもしれないけど。


「アリスちゃんは休みどうしてたの?」

「一緒に住んでる子たちと港の方行ってた、外1区」

「おれは冒険者やってたぞ! 公園で魔獣を狩ったんだ!」

「……見習いって討伐いけるの?」


 冒険者は成人である15歳までランク制限があって原則として討伐依頼を受けられないはずだ。


「クランやパーティに所属したりすると同行させて貰えるのよ、長期休みの時期は体験入隊で引率やってくれる冒険者さんがいるのよ」

「あぁ、そういう手があったんだ」


 その手があるのかと感心した。子どもを任せても大丈夫なクランとなるとギルドからの信用評価が上がるんだろうなぁ。


「それで、アリスは港でなにを狩ったんだ?」

「くそピエロを少々」

「まじかよ、すげえな!」

「何で狩り前提なのよブラッドくん。……クソピエロなんて魚いたかしら、魔獣?」


 ふわっとした会話をしていると、朝のミーティングの時間がやってきた。


 ウィルバート先生含めたいつもの教師陣が教室に入ってくる、ホランド先生もいる。


 先陣きってウィルバート先生が心配をかけたことを詫び、完全に復帰宣言をして生徒たちが小さく喜びの声をあげた。


 最初の頃のぎこちない感じはなくなっていて、クラスメイトたちからも慕われているのがわかる。


 レヴァン先生がひどかった反動も大きいけど。


「――レヴァン先生は担任から外れ、基礎錬金術の講師に専念することになった。何かあれば研究棟の事務室で取り次いでくれるので用がある子はそちらへ」


 頭に思い浮かべたところで当人の話題が耳に入った。レヴァン先生はいくつかある錬金術関係の授業の講師として学院勤務を続行するようだ。


「げぇ……」

「最悪」

「こら、そんなこと言うんじゃない」


 ロドをはじめとした男子数人があからさまに顔をしかめた、ロドは錬金術師志望だし基礎錬金術の授業を取っているのかもしれない。


「アリスちゃんって錬金術師の養子なのよね、錬金術の授業受けないの?」

「ん、興味ない」

「そうなの、まぁ向き不向きがあるものね」


 学院の基礎錬金術とかは、基本技術の錬金術の理論や錬成や派生する術式の練習が主体だ。


 粘土を使って錬成で簡単な造形物を作ったり、解析で粘土の中に包まれた図形の形を当てたり。


 馬鹿にするわけじゃないけど普段から練習でやっているようなことで、時間を取って改めて受けるような講義じゃない。


 論文の書き方なんてのは低年齢向けの授業ではやらないので、空いた時間にホランド先生に習っている状態だ。


 というかホランド先生が魔術師ギルドの重鎮かつ闇魔術の権威だし、教えを乞うのにこれ以上があるとは思えない。


「時間だね、それじゃあ授業をはじめよう」


 そうこうしている間に時計の針は進み、いよいよ学院生活秋の陣が幕を開けた。

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