織り成す禍福はいかに巡るか
休み明けを前に
「帰ってきたにゃー!」
「ただいまなのじゃー!」
騒動のせいで予定がずれ込み、実にひと月近いバカンスとなった夏の遠征。
諸々が片付いてようやく借家の玄関を視界に入れると、不思議な安心感が胸を満たす感じがした。
「お家の中だいじょうぶかな」
「…………うーん」
鍵を開けてぱたぱたと家の中に入っていくノーチェたちに続いて中を見ても、出る前に仕掛けておいたトラップは作動してない。侵入された形跡は無いと見ていいかな。
「大丈夫みたい」
「えぇ……?」
不思議そうに首を傾げるフィリアの横をすりぬけて中に入ると、感じ慣れた匂いがした。
「……ただいま」
「アリス、荷物片付けちゃお!」
「うん」
スフィに手を引いてもらって家に帰ると、備え付けとなって固定されたドアに404アパートの鍵を差す。
「マレーンさんが送ってくれてよかったね」
「居心地最悪だったけどね」
帰り道はたまたまマレーンが辺境伯家の専属となっている竜車で送ってくれた。流石にそこまで甘えられないと言ったんだけど、なぜだか凄く必死に懇願されてしまった。
貴族のお嬢様の要請を強く断ることも出来ず、竜車に同乗したんだけど……。従者さん『どこまで図々しいのだ』という視線が痛くて辛かった。
「結局話を聞くタイミングもなかったし」
半分以上は『無礼な態度でどこまでいけるかチキンレース』をやってるぼくが悪いんだけど、従者の人たちも何がなんでもぼくたちを引き離そうという動きがすごかった。
マレーンは何とかぼくとスフィと内緒話が出来るように動こうとするんだけど、それを敏感に察知した従者の人たちが迅速にカットイン。
無礼者の庶民とお嬢様だけにはさせられないという凄まじい気迫を感じた。
従者たちの忠誠心溢れるガードと遠回しな嫌味攻撃にマレーンの顔色がどんどん悪くなっていき、それに応じて従者たちもヒートアップするという悪循環。
結局は泣きそうな小声で「詳しくはフォレス先生に」とだけ言い残し、竜車の停泊地まで迎えに来た自家用馬車に乗って帰っていった。
シャオの問題もひとまずぼくたちがやれることはやったし、フィリアの方が落ち着いたら今度は腰を据えて自分の親について調べることになりそうだ。
……親かぁ。
「アリスどうしたの、竜車酔い?」
「うん、ちょっと寝る」
心配そうに頭をなでてくるスフィに頷いから、シャワーを浴びる前に自室へ向かう。
……日本側の気温はまだちょっと暑かった。
■
「フォレス先生も長期休暇?」
「はい、ご用事があるそうです」
学院の次期がはじまる数日前、事務の方に顔を出したところでフォレス先生が留守だと知った。
「授業再開までには戻る?」
「私どもの方では急用で暫く戻れないということしか、お戻りになるまでは代理の方が担任を務められるそうですが」
「そっか、ありがとう」
詳しく聞いてみたところ、どうしても必要な用事で中央……聖王区の方まで行っているようだ。
聖王区といえば王様のお膝元だ、ぼくたちみたいな庶民は近づくことすらできない。戻ってくるまで待つしか無いか。
確認を取ってくれた事務員の人にお礼を言って受付を後にした。補講を受けている生徒たちの気配を耳で聞きながら、フカヒレに引っ張って貰って移動する。
休みが終わる前にアポイントだけ取るつもりが空振りだ。
スフィたちは休みの間にいくつか依頼をこなしたいと冒険者ギルドへ行ったので、ぼくの方の予定ががらっと空いてしまった。
「おや、君は……」
各学科の研究室がある研究棟を中庭越しに見て顔を出そうかと考えていると、聞いたことのある声が響いた。
「ウィルバート先生、こんにちは」
「あぁこんにちは、久しぶりだね」
廊下の向こうからやってきたウィルバート先生と、騎士らしき女性だ。ぼくを見て何故か動揺したような音をさせている。
「補講はなかったはずだよね、どうしたんだい?」
「フォレス先生に用事があったんだけど、空振りした」
「フォレス先生に?」
「個人的な話。ウィルバート先生は新学期からは復帰できそう?」
「もちろん、ようやく片付いたから戻れるよ。心配をかけたね」
ウィルバート先生はすっかり大丈夫そうな様子だった。これで嫌味なレヴァン先生ともお別れかと思うと少し寂しい。
いや別に寂しくはないか。
「楽しみにしてる。じゃあぼくは冶金学科煽りに行ってくる、またね先生」
「あぁ、また。気をつけて……煽りに?」
怪訝そうな顔をするウィルバート先生に手を振って、ついでに女性騎士にも会釈をしてからフカヒレに研究棟へ向かってもらう。
……そういえばあの女の人、なんか見た覚えがあるような。
「失礼、お待たせしました」
「あ、あぁ……」
「カテジナ殿、どうかされましたか?」
「いや……何でもない」
背後から音をひろうと、ウィルバート先生と女の人は会話をしながら事務室へ向かっていった。
なんか記憶に引っかかる……どこかで会ったっけ。
まぁいいかと切り替えて研究棟へ向かう。
いろんな学科の研究室に挨拶をするついでに、休みの間の話を確認。最後に冶金学科では、『チェインリング』という棒状の素材をリングにしながら壊さないように繋いでいく錬金術師の手遊びで遊んで貰った。
素材の特性を把握しながら端から輪っかに加工して分離する遊びで、輪っかを作れなかったり千切れたり割れたりしたら負け。
遊びながら錬成技術が学べるってことで開発されたゲームだ。
きっかけは『遊んでやるよ』と言ってきた研究生に圧勝したこと。「おにいちゃんたちよわーい」と煽ったら暇がある時によく挑まれるようになってしまった。
まぁそもそも最後まで綺麗に輪っかをつなげるのは難しいみたいで、冶金学科でもまともな勝負になるのはクレスタ教授くらいだけど。
暫くのんびりと過ごしてから、ぼくはシラタマに乗って家へと帰還した。
それから数日、休暇期間を終えて再び学院通いの日々が始まる。
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