夏風は海から吹く4
「うおお!? 穴があいてる! 昨日見たときは埋まってたのに!」
「で、でもなんで急に穴が、ちょっとこわいよ……」
そうだねー、ふしぎだねー。
というわけでぼくたちは、ハリード錬師と共に島に存在する古代都市の廃墟に訪れていた。
事前にちょこっと先回りして、積もった土砂に穴を開けて周りを補強、砂も固めて石にして人が出入り出来るスペースを作り上げた。
完了後に何くわぬ顔で合流すれば、あら不思議いつの間にか出来た謎の穴の完成だ。
「あの穴、大丈夫にゃ?」
「ガッチガチに固めたから、アホなことしない限り数日は平気」
「この砂やべえ! 石みたい!」
「ほんとじゃん! すげえ!」
あそこで穴の周辺を殴りつけてる犬系男子2名みたいなことをしなければな。
「おい、危ないだろ」
見かねたロドが注意して、男子2名はようやく止まった。
「中に入るのはダメだって言われてるだろ」
「でもさー、遺跡だぜ」
「ハリードせんせー、ほんとにダメなのかよ」
「ダメです」
男子たちの要求を、ハリード錬師はピシャリと遮断する。
中に何があるかは確認してないし、危険がある可能性も高い。
入り口を少し見た程度だと結構奥まで続いてる感じがした。
上モノはほとんど自然に埋もれる形で崩落してるから、元が何だったのか推測すらできないのだ。
何も知らなければ崩れた石の上に植物が生い茂ってるようにしか見えない。
サイズとしてはそこそこ大きいから民家ではないと思うけど、集会所とかなら奥は狭いだろうし、通路ならどこへ続いているのやら。
「長い間土砂に埋もれていて、中がどうなっているかわかりません。私が生徒に声をかけて同行させている時点でギリギリですからね」
そもそもハリード錬師は教員側、つまり主な仕事は生徒の護衛と監視だ。
なのにあちらから声をかけてきて、あまつさえ生徒に自分の趣味の領分の依頼をしてくること自体がおかしかった訳だ。
強い気配が2人ほど近くに居るし、やっぱり"護衛のために連れ出した"が主旨なんだろう。
「じゃあどうやって中を見るの?」
「それはこの子が」
ハリード錬師の肩の上にクリオネみたいな魔獣が姿を現した。
この間も連れていた魔獣で、たしか特殊な布に視界を共有させる力があるんだっけ。
「軟体のこの子なら崩落からでも逃げられますから」
「おれだって石くらいへでもないぞ!」
「俺ちょっと自信ねぇや」
「自信ある方がおかしいんだよ、バカ」
ロドにばかりブレーキ役を任せるのは心苦しいけど、ぼくじゃ無理なので頼むしかない。
「のじゃっ! 脚になんかついてるのじゃ!」
「ひゃっ、ヒル!」
「のじゃああ!?」
「草だよ」
何故か水着のまま森の中まで来たあたり、女子組もちょっとはしゃいでいる。
「この辺りにヒルは生息していませんね」
「びっくりしたのじゃ……」
「ご、ごめんね、ヒルに見えちゃって」
胸を撫で下ろすシャオを、ヒルと見間違えて悲鳴を上げたプレッツが慰めている。
そもそも水着で森を歩くものじゃないと思う。
「砂浜付近は危険な虫の類が一通り駆除されているそうですよ」
「手入れの行き届いている無人島だこと」
ハリード錬師の言葉から、子どもたちが安心して遊べるようにそういった管理が徹底されていることが伺いしれた。
「すごいお金がかかりそう……」
「錬金術師ギルドの全面協力に対抗して、貴族や商家も資金援助を出し惜しみません。優秀な人員を毎年輩出する王立学院はいまや大いなるステータスですからね」
つまり、人の金で実証実験ヒャッホウしたい錬金術師と我が子に箔をつけようとする金持ちが交差する時に物語が幕を開けるわけだ。
「昆虫学部がひゃっほいしてそう」
「ご明察です」
昆虫学部と名がついてはいるものの扱っているのは虫関係の生物全般で、ついでに疾病学部と共同で防疫の研究もやっている。
なのに変わってる人が多いから、外からは"常に虫を観察してる変な連中"扱いされてるらしい。
「そういやお前って、妙に錬金術師に詳しいよな?」
ブラッドたちを大人しくさせていたロドが、遺跡から話題を逸らそうとしたのかぼくに話題を投げてきた。
「あぁ、スフィたちは錬金術師ギルドからの推薦だったな、その関係じゃないか?」
「うん、おじいちゃんが錬金術師さんだったんだよ!」
「へぇ、獣人なのに錬金術師だったのか……」
ノーチェ班の男の子、ルークという少年がうまくフォローを入れてくれた。
すかさずスフィがそれに乗っかり、ロドは提示された答えで納得してくれたみたいだ。
「おじいちゃんは
「……あ、そうなのか、わりぃ」
「それは、初めて聞いたな……」
「ううん、いいの。おじいちゃんが錬金術おしえてくれたから、アリスもくわしいんだよ」
「そうか……羨ましいな」
話を聞いていたロドがぽつりと呟いた。
「ロドくん、錬金術師さんめざしてるの?」
「あぁ、獣人は錬金術師になれないって、散々言われた。でも諦めねぇ」
……ノーチェとフィリアとシャオの視線を感じる。
ぼくは異例だとしても、獣人の錬金術師がまったく居ないわけじゃない。
ただこっちの人種にはそれぞれ種族特性みたいなのがあって、獣人は特に錬金術に向いていないとは聞いたことがある。
そのせいか錬金術になる獣人が少なすぎて、いつの間にか"獣人は錬金術師になれない"って風潮が広がってしまったのか。
「どいつもこいつもなれないって言う。獣人が錬金術師なんて認められないのかもしれないけど、だけど、俺が獣人初の錬金術師になってやるんだ」
そっと視線を横にそらすと、なんとも言えない顔のフィリアと目が合った。
いや、そもそもぼくが獣人で初ってわけじゃないし、歴代最年少ではあるらしいけど。
「獣人の錬金術師は居ますよ、今はアヴァロンには居ませんが」
「え……」
適当な石に座って遺跡内の探索に集中していたハリード錬師が、ロドの夢をいとも容易く打ち砕いた。
「……獣人って錬金術師になれんの?」
「個人の能力不足以外で、特に承認されない理由や規定はなかったと思いますが」
「…………あ、そっか、なれるのか、そっか」
驚いてはいるけど、新たな希望が生まれたのはよかった……のかな。
取り合えず、変な矛先が来なくてよかったと思う。
「……ふぅ、ダメですね。ただの民家のようです、土砂の堆積で1階部分が埋もれてしまったのでしょう」
ほっとしたところで、ハリード錬師が残念そうに言う。
少しして、開いた穴からクリオネがふわふわと出てくる。
照明用なのか、小さな光る石を抱えていた。
「探索おしまい?」
「他に明白な建造物はありませんからね、終了です」
おもったよりも早く探索が終わってしまった、揉め事の方は大丈夫なのかと海辺の方へと視線を向ける。
流石にここからだと、海の様子をうかがい知ることはできなかった。
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