3.「シンクロニシティ」
【
ラプラスの発見により
‥そう述べても過言ではないほどに彼女とラプラスの繋がりは
「甘納茉奈…ラプラスの祖か」
ラプラスの発見から数年後、甘納博士は一人の技術者の協力により
「甘納博士は記憶をエネルギーと仮定し、それを
その実態は記憶を保管する人造機器を脳に埋め込み、エネルギーを循環させ続けることでエネルギーの自己消滅を防ぐ事にある」
『よく知っているじゃないか』
「物知りだ」と言われて喜ぶのは子どもくらいだ。
「‥‥知っているだけで決して正しいわけじゃない。
嘘も
「息をするのが巧い」と言われて喜ぶ大人など何処にもいない。
『‥‥さてね。私にも答えられない事はあるさ』
知らない、というわけではないらしい。
「——それで。ここは何なんだ?」
原点回帰。ボクは最初の質問を再び尋ねる。
『ふむ…君のラプラスが初めに表したものを借りるとすれば〈ラプラスの海〉だろうな』
「うん、この呼び名のほうが私も好ましい」と声は勝手に納得してしまう。
…少しだけ冷静になったボクは憤りを言葉にした。
「
それよりもここはどういう場所なんだ。どうしてボクはここにいるんだ?」
この黄金世界での出来事が全て夢ならば、随分と悪趣味なものとして受け入れただろう。けれども現実であったとしたら、ボクが此処にいる理由は何一つない。
時は有限。何物にも代え難いもの。
時は
『少年———』
…そうしてボクの淡い憤りは声の主の逆鱗に触れた。
『名前というのは重要なものだ。
〝名は体を表す〟もの。名とは存在を示す
魂に直接向けられた彼・彼女の言葉。
この世界における言霊は、ボクのありもしない五臓六腑を想起させるほど凄絶に、そして静かにボクを貫いた。
「人の願い‥」
謝るのも何処か間違っている気がして、ボクは言葉を繰り返すだけだった…。
『———ここは、この世全ての記憶が集う場所』
それから声は答え始めた。
『百年に一度、刹那の合間にのみ起こる
「シンクロニシティ‥」
共時性。
もっと分かりやすく言えば虫の知らせというものだったか。
『ラプラスの習性もしくは
その原因は明らかになってはいないが、この海は集まったラプラスを〝模写〟という形で収集している。本来であれば模写されたラプラスは元の場所へと弾かれるのだが‥‥どうやらアレは君を相当好いてしまったらしい』
「ガイヤに好かれるなんて光栄だな」
「それともラプラスにか」とボクは心にもない言葉を返していた。
『君ほどではないが、このシンクロニシティは人々のラプラスに少なからず影響を与えてきた。‥たとえば前世の記憶、初めての風景・言葉に感じる親しみや懐かしみ―――俗にいうデジャヴという現象がそれに当たる。これは集めたラプラスを模写する際、収集した別のラプラスとの触れあいで生じる一種のバグのようなものだ』
「ラプラスとの…」
あの地獄を味わい、ラプラスの海から弾かれないまま此処にいるボクは、はたして「ボク」のままなのか‥。ふと、そんな不安がボクを揺らがせた。
『安心したまえ。君は間違いなく「ボク」のままだよ』
声はボクを見透かすようにそう言って、再びボクを憤らせた。
…原動力としての怒りは中々にして卑下できない。
「ラプラスに好かれたボクは一体どうなったんだ?」
やがて声は答えた。
『君は
全てのラプラスと通じるそれはガイヤの使徒であり、ラプラスの‥‥ラプラスの特異点とも呼ぶべきだろう』
数学。宇宙。人類存在の問答。…それともただの特異な点か。
「特異点」とはまた便宜な言葉だ。
「ボクは…どうしたらいい?」
『急に可愛らしくなったじゃないか。少年』
声はボクを逆撫でする。
これでは上から目線というより子ども扱いだ。
『全ての記憶に触れられる。全ての人を見る事ができる。…これも良い機会だ』
先達者の言葉は軽く、充実していた。
『いいかい、少年。
人との触れ合いは何物にも代え難い刺激と経験を君に与えるだろう。
君が求める答えも‥‥きっと見つかるさ』
すると、ボクの魂が徐々に沈み始めた。
謎の声は徐々に遠のいていき、得体の知れない不安がボクの孤独を
「お前は…いったい…誰なんだ」
遠のく声に向かってボクは問い掛けた。
きっと、この旅が終わってしまえば次に声と出会うボクは、
もう以前の「ボク」ではいられないような気がしたからだ。
『私は——————だ』
聞こえない。
それともわざと小さく答えたのか。
声は何も言ってはくれない。
「何か…ことばを…」
気まぐれとイタズラで川に投げ捨てられた小石の気分になる。
もう二度と地上に戻れず、
海まで流れてしまえば永久に日の光を浴びられない。
‥そう考えると、石切りも随分と残酷な遊びではないか。
『少年』
ようやく声は言葉を贈る。
「せーの」と平ぺったい石を振りかぶる誰かの記憶がボクに流れ込んだ。
『いってらっしゃい、少年。良き旅を』
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