8. あの日の衝撃

 清村くんがAV男優になったらしいと聞いたのは、和歌子からだった。和歌子は東京の有名私立大学に進学して、サークル活動や合コン、彼氏ができた等の日常について電話やメールで私に報告してきていたのだが、ある日の電話でこう言った。

「蝶子、マジでヤバい、衝撃の事件」

「え?なに、どうしたの?」

「ついに見つけちゃったかも、清村くん…!」

「え!!!!!ま!!!どこで??」

「同じ大学にいた。っていうかもう辞めるみたいな?てか、ヤバイよ!なんで辞めると思う??AV男優として生きてくんだって!!」

「は!?!?」

「ね!おかしくない!?衝撃でしょ!?!?」

 え、衝撃すぎて言葉が出ない。和歌子が興奮して畳みかける。

「あのね、今日用があって事務棟にいたのよ。そしたら辞める手続きしたいっていう人が来て、やり取り聞いてたら、名前が『清村章太郎しむらしょうたろう』っていうから、え!?って私、二度見よ。何度も姓名判断で占ったから漢字も覚えてたし、見たら一緒だったの!年齢も一緒!まさか!?と思うじゃん!」

「うんうん…」

 まくしたてる和歌子に相槌を打つので精一杯だ。

「だから事務の人が一旦なんか奥に行ったときに、声掛けたわけよ!」

 さすが和歌子だ。物怖じしない人だ。

「もしかしてH高だった?って聞いたらそうだっていうから、辞めるんですか?って聞いたらそうだって。そのあとすぐ、奥に連れてかれちゃったからそれしか話してないんだけど。学科がわかったから、同じ学科の男子に清村くんのこと聞いたら、AV男優になったんだとかニヤニヤ言うわけ!!」

「ええええ????ほんとに???冗談じゃなく?」

「冗談だと思うでしょ!!けど芸名教えてもらった。言っていい?」

「うん…聞く」

 私はそのへんにあったペンを手に取った。

山下やました町五郎まちごろう。普通の山下に、町田とかなんとか町とかの町ね、それに数字の五にふつうの太郎とかの郎。検索してみ。」

 大学ノートにメモった。

「和歌子検索した?」

「いや、さっき男子に聞いて、そんでいま電話してるんだよ!マジヤバイ!と思って。ちょっとまだ大学だから、検索したらメールして」

「うん…。ほんっとありがとう!!!メールするわ!」

「うん、とりあえずじゃあね!」

 私は電話を切ってからしばらく放心した。え。清村くん東大とか行ってると思ってたよ。和歌子と同じ大学なん??辞めるん??で、え、AV男優って????追いつかない。混乱。私は部屋のデスクトップパソコンの電源を入れた。

<ブゥオワアァ~~~ン>

 起動音がいつも大きい。そして立ち上がるまでが遅い。(この時の携帯はまだガラケーの時代で、検索するならパソコンでしたほうが見やすかったのだ。)ようやく立ち上がったサファリに『山下町五郎』と入れてエンターキー。クルクルクルクルスクロールするが、それらしきものは出てこない。『山下町五郎 AV』で再検索。…出てこない。和歌子に『検索したけどなにも出てこなかった。まだ名前とか出ないレベルなのかガセネタか…』とメール。どうしよう。清村くんの動画があるなら見たい気もするけどほんとはガセであってほしい。一番はガセネタであること。二番はその動画を見つけられること。エロ動画サイト内で検索をかけてみたり、サンプル動画を片っ端からチェックしてみたりしていたらあっという間に深夜だった。立ち上がって部屋の窓を開けた。私は県内の国立大学に進んだ。実家からは多少離れているので大学のある市で一人暮らしを始めていた。窓際のテーブルの上に置いてあるタバコに火をつけた。自分らしくないことをしたくなり、最近吸ってみているのだ。臭い。だが、このどうしようもないアンニュイ?なんともいえないもやもやした気持ちを落ち着かせるには、ここはタバコな気がした。肺から煙を出す。こうして私のピンクの肺が教科書でみたような真っ黒な肺に近づいていっているのだろうな、と思いながら吸った。月は見たかったけど見えなかった。








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