4
人と妖。
いや、人と人でも変わらない。何かと関わって生きるモノたち全て。
もしも相容れないモノたちが出会ってしまったのならば?
打ち解け合うか、戦うしかないのだろう。
あやびと本部へと続く桜紅葉の並木道に黒い着物とマントの小柄な姿を見つけて清人はそんなことを思った。
清人と千景。
千景と天狗。
『あやびと』と『鬼』。
だが、何度いがみ合ったとて、その後に手を取り合える
紅葉を散らしていく風に軍帽が飛ばされないように押さえながら千景に近づいていく。こちらに気付いた眼鏡の奥の黒い瞳が嬉しそうに細められた。その首の包帯はもう取り払われていた。
白い天狗――
鬼との決戦前なのに気負わずにいられるのは珍しいことだった。
肩を並べられる誰かがいるというのは
「あのね、清人」
「ん?」
落ちた葉を踏む音に耳を傾けながら歩いていた千景がふいに呼びかけてくる。
その横顔には出会ったときのような自罰的な責任感も、孤独を秘めた諦観もなく。
ただ、淡い微笑みだけがあった。
「本当はひどく怖いんだ。鬼と立ち向かうことも、清人と並び立って戦うことも」
乾いた風がふたりの間を吹き抜けていく。からからと落ち葉が風に運ばれていく。
それを正面から受け止めながら千景は言った。
「どうして」
至極真面目な表情で尋ねると千景は清人の顔を見て瞳を細めた。そのあと、ふっと視線を逸らして手遊びに眼鏡の縁を押し上げる。
「僕は影だ。陰に隠れて生きることを自分自身に科した僕なんかに、君は……眩しすぎる」
育ての母の命と引き換えに生き残ってしまった燕の妖怪は、光によってできる「かげ」を現す名で自らを縛った。
だからね、と風に吹かれる長い黒髪を押さえながら、はにかむように千景が口を開く。
「こんな
相手に相応しい『人』になりたい。
そう願っていたのは清人だけではなかったのだ。
それがやっと認識できた途端、秋風に吹かれているにも関わらず体の芯から温かくなり、指先にまで不思議な力強さが満ちていく感覚がした。
この温かい感覚を表す言葉は、まだ清人の中にないけれど。
「清人?」
名を呼ばれたから顔をあげると、数歩先にいる千景が振り返って首を傾げていた。どうやら気付かずに立ち止まって黙り込んでしまっていたらしい。
清人は幼さを残した青年の面差しをまっすぐに見据えて口を開いた。
「――俺は、お前がいい」
この出会いは偶然だとしても。
この出会いのために『人』の生を惜しむことになろうとも。
清人の「相棒」は千景しかいない、と今ここで確信した。
しばらくの沈黙のあと、思わずといった様子で千景が笑顔を浮かべた。その瞳が本当に嬉しそうで。
「そういう口説き文句は女性に対して言うものじゃないのかい」
「そうか?」
「そうだよ」
可笑しそうに笑い続ける千景に今度は清人が首をひねる番だった。
ひとしきり肩を震わせたあと、千景はそっと微笑む。
「じゃあ、改めてお願いするよ」
別れの時に二度と会えぬのなら出会わなければ良かった、と嘆くことになるのはきっと千景のほうなのに。
おそらくそのすべてを承知の上で、不老の燕は笑う。
「君の隣に、僕も連れて行ってくれないだろうか」
「ああ。わかった」
その燕を繋ぎとめるために清人はうなずいた。
手元から飛んでいかぬように。
共に天高く飛んでいけるように。
あやびと本部の執務室に入るや否や待っていたとばかりに西が立ち上がった。その周りには書類が山と積まれており、今日も今日とて忙殺されていたらしい。
「純白鬼の居場所は?」
「解析済みです」
清人が聞くと西は準備していたらしい報告書を手渡してきた。背伸びして手元を覗き込んでくる千景にも見やすいように少しかがむ。
どうやら鬼は帝都近くの里山にある寺院跡に潜伏しているという。もはや地元の人の足すら遠のいた――しかし今も、神秘なるモノが潜む、と口端に上る山。
そこは、と千景が感慨深げに目を細めた。
「天狗の母が育ててくれた場所だ」
同時に純白鬼としても因縁浅からぬ場所ということだ。そこに留まっているのは力を蓄えているのか、誰かを待ち構えているのか、果たして。
「それでも自分たちは行くしかない」
清人の瞳に清冽な光を見出した千景がどこか嬉しそうにうなずいた。
それを眺めていた西がしみじみした様子で呟く。
「ふたりとも、良い雰囲気になりましたね」
「そうか?」
西の言葉の意味を図り損ねた清人が今度は千景を見ると、当の本人は目をぱちくりさせて。
「さてね」
と、微笑みながら小首を傾げた。
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