第11話
現状、僕が置かれている状況は良いものとはいえない。だけど彼女と──結崎と再び会うことが叶うなら、結崎と僕の二人でなら、それなりに楽しくやっていけそうな気がした。あの小学校時代の辛くも楽しかったときのように。
興奮で高まった心を落ち着かせるべく、僕はもう一度、ゆっくりと深呼吸をした。窓を開けているにもかかわらず部屋の中の空気はまだ澱んでいる。どんよりとした空気を肺いっぱいに溜め込んだ僕は顔を顰めた。
今までなんとも思わなかったが、こんな空気の悪い部屋にずっと閉じこもっていたら気が滅入るのも当然というものだ。外に出て、少し歩こう。
僕は、財布とスマホをズボンのポケットに押し込むと、久しぶりにアパートを出た。
何も考えずにアパートを出た僕は、ひとまず駅前の商店街に向かうことにした。あそこには僕が行きつけにしている古書店がある。
古書店のある商店街は、駅前にあるわりにはいくぶんか寂しげな印象を与えている。昨今の不景気の煽りを受けてか、それとも数駅先にショッピングモールがあるからか、はたまたその両方か、商店街を構成する多くの店はシャッターを下ろしていた。
もうすぐ電車が来る時間なのか、駅に向かう人たちが、活気を失った薄暗いアーケードを無表情で通り過ぎていく。
寂しさが漂う商店街には、古書店をはじめ文房具屋、喫茶店、個人経営のスーパー、レコード店など、生き残っている店も数店あった。だけど、どの店ももれなく閑古鳥が鳴いている。この商店街が消滅するのも時間の問題だろう。
そんなことを考えているうちに古書店に到着した。
古ぼけた店舗の前には安売りのワゴンが並べられていた。僕はいつもの癖でそれらを物色したのち、店内へと入った。店の中は暗く、古書特有の甘い匂いが充満していて、奥の方からラジオの音が聞こえてくる。
体を横にしないと通れないほど狭い通路を進みながら僕は、小説コーナーを目指した。
本棚に所狭しと並べられた文庫本のタイトルをざっと見回し、興味を惹かれたものを手に取る。僕はその動作を何度か繰り返した。
僕が本を読むようになったのは中学生の頃からだ。結崎と離れ離れになった寂しさを紛らわすために、僕は彼女を連想させる読書という行為でその寂しさを埋めていた。
教室で、自分の部屋で、結崎も僕と同じように本を読んでいることだろう。本を開く度、僕はそんなことを考えては、結崎を近くに感じていた。
高校生になる頃には読書は僕の生活の一部になっていた。そしてそれと反比例するように僕は絵を描かなくなっていた。いや、描けなくなった、というほうが正しいかもしれない。
小学校時代から絵を描くことが大好きだった僕は、学校が終わって家に帰ってくるなり、宿題もほっぽりだして自分のスケッチブックに絵ばかり描いていた。
自由帳を誰かに捨てられた一件以来、僕は学校で絵を描かないようにしてきた。せっかく描いた絵がめちゃくちゃにされるのは心が痛むから。
その代わりと言ってはなんだけど、僕は帰宅後、家で絵を描くことが多くなった。持ち運びを考えなくてよくなったから、大きなスケッチブックを買ってもらった。そこに学校にいる間我慢していたいろいろなものを描いていく。
教室の窓から見える街並み、下校途中に見た野良猫、クジラみたいな形をした大きな雲、そして熱心に本を読む結崎の横顔。
趣味といってもいいくらいの熱中具合だった。その頃の将来の夢は画家、もしくはその類の絵に関する職業だった。
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