18. 元執事、三度目の遭遇
「キャア!」
遠くから聞こえて来る女性のものらしき悲鳴に俺はハクと顔を見合わせる。
「とりあえず行くしかないな」
「ワンッ!」
元気よく吠えるハクに俺は首をかしげる。
「ハクは……抱いていた方がいいよな……」
「ワフ? フゥー!!」
「でもそんな小さいと怪我するような……」
「ワンッ! ワフ!」
抱いていこうとすると、ハクが抗議の声を上げる。でも怪我したら……
「ワンッ!」
「ちょっ、おい、勝手にいくな!」
俺が困っている間にハクが勝手に走り出してしまう。だが……
「あれ?」
「ワン! クゥルル……」
ハクはその小柄な体格を生かして足元に潜り込むと足首を噛んで転ばせていく。
「……神狼ってすごいな。いや、ハクがすごいのか」
頭を振って切り替える。
「俺も負けてられない」
俺はハクを追って走り出した。
魔物が多すぎるが、考えようによってはいいのかもしれない。
こんなに魔物がいれば罠に引っかかっても魔物が道連れになる。
「迷宮から罠に引っかかっても死なないって言われてるしな。ハクのことさえ気にしていれば大ごとにはならないはずだ。これは思ったよりチャンスかもしれない」
そんなことを考えながらハクが転ばせた魔物を魔法で薙ぎ払う。
「ギャー!?」
「グギャア!」
「ギュルルル……!?」
様々な魔物が断末魔の叫びを上げながら消え去りコアを落としていく。
……拾えないけど。
「今回はコアは諦めだな、しょうがない」
呟いた時だった。
「ワンワンワンワンッ」
「っ!?」
ハクの吠え声が聞こえてくる。明らかに何かがあった様子に身構えると。
ドゴンッ。
大きな音とともに床が抜ける。咄嗟にハクの居場所を探すと、こっちに必死に走ってきているのを見つけ思わず叫ぶ。
「ハクっ!」
「ワフッ!?」
そばまでジャンプして抱きかかえる。
「〈飛翔〉!」
そしてそのまま天井付近まで飛び上がった。
ガタンっ。
下を見ると、真っ暗な穴が広がっている。そこから大量の魔物がうろちょろしている気配を感じた。
「ふぅ、危なかった」
「わふ……」
「ハク、あまり俺から離れないでくれ。こういうことがあるからな」
「ワン……」
しょんぼりした様子に苦笑する。
「でも、お手柄だった。罠に気づいて吠えてくれたんだろう?」
「ワン!」
「ありがとう」
「ワフッ」
尻尾を振りながら手を舐めてくる。
戦闘の最中だっていうのに癒されるなぁ……
俺は存分に癒されると立ち上がった。
「さて、そろそろ進むか」
「ワン!」
「魔物も落ちて飛ぶくらいの隙間はできたから飛んで行こうか。さっきの悲鳴が気になる」
「ワンワウッ!」
俺たちは飛んでいる状態で先に進む。
そしてある程度進んだ先で俺は見知った気配を感知した。
「まさか!?」
「ワウ?」
「ハク、スピードを上げるぞ!」
「ワン!」
ハクをぎゅっと抱きしめて魔法式に魔力を詰め込んでスピードを上げる。
そして、気配を感知した場所——そこは道の脇にあった暗がりだったのだが——で俺が見つけたのは……
「おいっ、大丈夫か!?」
「うぅっ……あなたここまで来たのね……」
片腕をなくして血を大量に流しているリリアナの姿だった。
俺はハクを地面に下ろして駆け寄ると、傷を見る。
「ひどいやられようだな」
「この魔物の量で、疲弊しているのにボスに挑んだのが悪かったわ……」
「ボス?」
「四階層と、六階層には奥にボス部屋があるの……いつも違うボスが出るのだけど、今日出て来たのはまさかの
「Sランクか」
俺は顔をしかめる。魔鬼王か……めんどくさい魔物が現れたものだ。
「えぇ、普段なら問題なかった……でも思ったより疲弊してたのね、気がついたら腕を食いちぎられてたわ……はぁはぁ……」
息を荒くするリリアナ。ハクが俺のスーツの裾を引っ張ってハッとする。
「すまない、治療が先だったな」
「治療なんて……」
リリアナの顔に嘲笑が浮かぶ。
「腕を食いちぎられたのだからどうしようもないわ……転移陣も使えないし、戻る気力も……」
「とりあえず黙ってくれ。腕一本くらい大したことない」
「大したことないだなんて……!」
「ワンッ!」
「うっ……」
ハクが声を荒げるリリアナをなだめるように舐める。その様子を見てリリアナは顔を伏せた。
腕が一本なくなれば確かに冒険者ではいられない。だが……
「少し痛いかもしれないが我慢しろよ」
「えっ?」
不思議そうな表情を浮かべるリリアナを無視して俺は目をつぶって魔法式を展開する。
そして……
「〈浄化〉〈四肢再生〉」
「うわぁぁぁぁぁあ!?」
絶叫するリリアナ。当たり前だ。この魔法は腕を生やすものなのだから。腕を生やすにはそれ相応の痛みが伴う。
だが、俺にも余裕なんてなかった。
『魔鬼王か。ちょっとキツイがなんとかなるわね』
『ちっ……』
『あぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!』
『はぁ、はぁ、はぁ』
俺の中に一気にリリアナの記憶が流れ込んでくる。
そう、この四肢再生という魔法は相手の記憶を覗かないと行えない。しかも記憶を覗くだけでなく、その時の痛みまで錯覚する。つまり、相当な苦しみを伴うものなのだ。
だが、心を乱せば魔法が乱れる。
俺は、記憶に囚われないよう魔法に集中した。傍らではハクが心配そうにこちらに視線を向けているが、それを機にする余裕もなかった。
やがて……
「はぁ、はぁ、はぁ……腕が、生えた……?」
「他の傷も直すから少し待ってくれ」
「えっ……」
「〈治癒〉」
言葉とともにリリアナが負っていた傷が全てなくなる。
それを見届けるとともに、俺の体がカクンと下に落ちた。
コツン。
勢いよく膝が床にぶつかり、痛みが走る。しかし、それを気にする前に俺の意識は遠のき始めていた。
「ちょっ、大丈夫!?」
「少し、寝る……すまな、い……」
そこで俺の意識は途切れたのだった。
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