たぬきの下剋上

櫻野 くるみ

たぬきの下剋上

私の家族は食べ物の好みがハッキリしている。


赤いきつねと緑のたぬきで言えば、父と私は赤いきつね派、母が緑のたぬき派。


理由もわかりやすい。


母はそばが好き、私はうどんが好き。

そばが食べたい、うどんが食べたいというポジティブな選択である。


一方うちの父。

『天ぷらが入っているなど言語道断!天ぷらが入ってないから赤いきつね!!』

という、消去法とも言える、ネガティブ赤いきつね派であった。

ある意味わかりやすい好みではある。


そんな父の、麺類を食べる度に必ず出てくる口癖・・・


「天かすは汁が濁るから嫌いなんだよ!!」


気付けば25年以上、何度聞いたかわからない。

なんでそんなに必死に嫌がるのかもわからない。


父は猛烈に天ぷらと天かすを拒んだ。


母はもちろん嫌がっているのをわかっていた為、我が家の食卓に天ぷらうどんや天ぷらそば、たぬきうどん、たぬきそばが並ぶことは無かった。


問題は、母が緑のたぬきを食べる時と、外食の時である。


母が緑のたぬきを選ぶ度に、「天かすは汁が濁るから嫌いなんだよ!!」

外食で母や私が天ぷらがのった麺類や、鍋焼うどんを食べる度に、「天かすは汁が濁るから嫌いなんだよ!!」


子供の頃の私は、それでも幼いながらに気を遣っていたと思う。

「えー、そうなの?」

「濁ると美味しくないの?」

何かと相づちを打っていた気がする。


しかし、毎回一言一句変わらぬ台詞に、早々に私は音をあげ、腹が立ってきた。


そんなのどうでもいいよ!

なんで私の食べるものにまでケチをつけるの?

お父さんはお父さんの好きなものを勝手に食べればいいじゃん!!


言い返していた時期もあったし、父が言い出す前にわざと「天かすは汁が濁るから嫌いなんでしょ。」と言ってみたことも何度かある。

それでも父は変わらず言い続ける。

「天かすは汁が濁るから嫌いなんだよ!!」


もはや、言わないとお腹が痛くなる病とか、その夜に悪夢を見る病にでもかかっているのかと思うほど、毎回言い続けていた。


緑のたぬきが選ばれることは一生ないだろう。

たぬきは天ぷらが入っているだけで嫌われていた。

不憫なたぬき・・・



永遠かと思う父の口癖だったが、3年前、突然不思議なことが起きた。

父が冷凍食品の鍋焼うどんを食べたいと言い出したのだ。


え?なんで?

海老天入ってるじゃん。


母が止めに入った。

「これ、天ぷら入ってるから止めたら?」


「いや、これがいいんだ。」


食べ始めた父を、母と私は不安な気持ちで見守っていたが、食べ終わった父が言った。


「うん、美味しかった。鍋焼うどんは美味しいな。」


うぇぇぇぇーーーー

マジですか!!

私が鍋焼うどんを食べる度に嫌みのように言ってきたのに!?

そんなの食べるのかっていう蔑みの目で見てたくせに!!


実際は蔑まれてまではいなかったと思うが、そのくらい毎回嫌な気持ちにはさせられていた。

その恨みが積もりに積もり、簡単には納得出来ない母と私。


「天かすは汁が濁るから嫌い」じゃなかったんかーい!!

いつもの口癖、どこ行った!?


食の好みが変わることは珍しくない。

歳を重ねて、味覚に変化も起こるだろう。

しかし、父の言い方が、『天地がひっくりかわろうとも揺るがないぜ!』くらいの確信を持って言っていたので、違和感が半端ないのである。

何故あんな強気で言っていたのか。


思わず、強めに言ってしまった。


「『天かすは汁が濁るから嫌い』なんでしょ?」


嫌みのつもりだったのに、ヘラヘラとした返事が返ってきた。


「そんなこと言ったっけ?」


なんですと!?

とうとう惚けちゃったか!?


私は衝撃を受けた。



その後の父は、今までを取り戻すかのように、鍋焼うどんや、天ぷらうどんを好んで食べ始めた。

全然慣れることが出来ず、毎回戸惑う私と母。

それほどまでに言われ続けてきた台詞だったのだ。


私達はモヤモヤをかかえたまま過ごしていたが、ある仮説に辿り着いた。

もしかして、天ぷらだけは大丈夫になったとか?

だって食べているのは、天ぷら入りの天ぷらうどんと鍋焼うどんだけである。


もともと天ぷら自体は好きな父である。

汁物に入ってるのが嫌だっただけで。

ひょんなことから、

好きな天ぷら+好きな麺類=もちろん好き

になったのでは?


きっとそうに違いない!

天かすはもともと好きじゃなかったはず。

だから駄目なんだ!


「天かすは汁が濁るから嫌いなんだよ!!」はまだ生きている!!



この論理だと、ただの「天かすは嫌いなんだよ!!」になり、天ぷらの時点で汁は濁っているのだが、そこは気付かないふりをする。

心の平安を取り戻す為だ。


母と私は仮説により、安堵していた。

そんな簡単には、あれほど言っていた言葉が覆るはずがない。

そんなこと、あってはいけないのだ。


しかし・・・



再びあっさりと裏切られた。

まさに先月、鶏団子入りのうどんを食べていた父が言った。


「やっぱり鶏団子より、天ぷらだよ。天かすが欲しいね。」


!!!!!


天かすが欲しいだと!?


私達の仮説は破られた。

父はすっかり天かすの虜になってしまっていた。


なんか虚しい。

あの25年はなんだったのだろうか・・・


父は緑のたぬき派に寝返った。

たぬきもびっくりしているだろう。

こんな下剋上って・・・


『しかし、悔しいけれど、こういう家族のくだらないことの積み重ねこそが幸せなのかもしれない。

きっと私は汁に浸かった天かすを見るたびに思い出す。』


そんな時が来るといいと思いつつ、私はまだしつこく腹を立てている。


緑のたぬきを食べる父は、私の葛藤を『つゆ』知らず、私はモヤモヤする思いを、赤いきつねの『つゆ』と共に飲み込むのだった。





















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