【魔界遺産】無理問答とアンチテーゼ


 ジークと二人、あてどなき旅が始まった。以前は『何とか魔界』とか『かんとか魔界』とか、名のある魔界がここそこにあったらしい。今はもうそんなものは見る影もない。


「誰かー。誰かー。魔王のひとはいませんかー」

「どんな声掛けだよ。もっと真面目にやれよ」

「真面目にやってるし!」


「とりあえず魔王級なんだろ? デカい魔力の一発でも打ち上げたら目印になってホイホイ出てくるんじゃねえ?」

「ヤミの話聞いてた? これ以上破壊すんなって言われてんの。馬鹿なの死ぬの」


 ギャーギャーと口喧嘩をしていたら、お姉さんが声をかけてきた。


「あの……もし……」


 上から下まで全身真っ白。おずおずと、申し訳なさそうで今にも消えてしまいそうだった。けれど、下半身が大蛇で、お姉さんのロングヘアも全部蛇。蛇お姉さんだった。インパクト強い。


「これはこれは美しいお嬢さん。お困り事ですか」


 ジークが取ってつけたような余所行きの茶番を始めたので、イラッとして輪ゴム銃で背中のアザを狙い撃ちしてみた。


「クソガキ!! 痛っってえんだよ」

「だってキモイからつい」

「つい、じゃねえんだよ! 背中はやめろマジで」


 お姉さん困り眉でハラハラしながらずっと見守ってる。


「ごめんねーうちの変態がキモくて」

「いえあの……」

「共鳴しないねー残念。何も思い出せなくてもお姉さんもめげないでね」


「え?」


 お姉さんはびっくりして固まってしまった。


「あのね。魔界が消失してみんな消えちゃったの。でもね強い魔力の人はこうやって復活して、記憶がみんなないんだけど……お姉さんの仲間と逢えたら何か思い出すから元気だして」


 お姉さんに白い本を手渡した。じわじわとタイトルが浮かんでくる。


「それがお姉さんの物語だね」

「名前……つくよみ……月黄泉って書いてあるわ」


「辛い時は混沌の星空を見上げてね。欲しいものはあそこに全部あるんだ」


 自分に言い聞かすように呟いて小さく笑う。


「私の名前を教えて下さりありがとうございます」


 月黄泉の頭から細長い白蛇が一匹するりと抜け落ちた。ル・シリウスの腕に器用に巻き付くとまるで腕輪のように動かなくなる。


「お礼に。きっといつか役に立ちます」

「うん。ありがとう」


 例えば。世界が元に戻っても、そこにもともと探してた人はいなくって、みんながハッピーエンドのとき、自分だけひとりぼっちだったらすごいしんどい。あの混沌に欲しいものは全部あるなんて、本当は思ってない。


 お姉さんに手を振って別れ、ジークを振り返るとそこには体育座りをした男がいた。


「あー。知ってる顔発見」


 小さいが確かに、互いの魂が共鳴した。


「ル・シリウスさんすね。なんか急に色々思い出したっす」

「お久ーアンドリューズ☆」


 ニコニコスマイルでトントンと歩み寄り、男の胸ぐらを掴みあげる。


「暴力反対っす流石にもう勘弁してほしっす」

「なんなのお前。取り立て屋?」

「懐かしくてつい、あの時の怒りが込み上げちゃって☆」


「とりあえず離してやれ。泣いてるから、な?」


 ジークに引き剥がされ渋々手を引いた。


「さてアンドリューズ。泣いてる場合じゃないよ。もう自分の仕事を思い出したでしょ」


 せっかく可愛く言ってあげているのにアンドリューズは激しく頭をブンブンと振りたくった。


「無理っすよ。こんな大規模災害、もう無理──無理無理無理痛たたた」

「無理じゃねえ、お前が、お前の、仕事をしろ。あの時はお前に無理なことをしろと言ったが、今回はできることをやれって言ってるんだ」


「凄むなル・シリウス。瞳孔開くな。恐いぞ」


 再三ジークに引き剥がされる。沸点が異様に低い。苛立ちを堪え声のトーンを落とす。


「よく聞け。いいかアンドリューズ。役所小魔界を再建しろ。お前だって自力で復活したんだ、責任者の肩書きは伊達じゃないだろ」

「役所を再建しても機能しないっす。全魔界が崩壊した今、もう打つ手は」

「口答えすんな、魔界役人上位階級9999位だろうが」


 アンドリューズはトホホっすよ、と肩を落とした。


「あの時はアンタが駆け出しのひよっこだったから自慢になった階級も、遥かに格上から見下されると情けないっす。アンタがすげえ成長してるのにあの時からちっとも階級が変わらないまま自分は」

「上とか下とかどうでもいいの。今、役所小魔界を再建出来るのはお前だけなの」


「自分の限界をここまでだなって受け入れたら成長できなくなる。だが、どこまで行くかは個人の自由だ。それを卑下すんのはダセエだろ」

 ジークは肩を竦めてアンドリューズを見た。ル・シリウスはなおも続ける。


「役所小魔界は登録した役員を自動的に転生させる、そうだろ。お前の部下108人、全員揃えばいくつかの機能は復旧する見込みがある。それはいつか誰かの助けとなる。だから少しづつでも出来ることは諦めるな」

「本気で言ってんすかル・シリウスさん……この大規模災害を、復興を、……ル・シリウスさんが一度壊滅させたあの時とはまるで事態の深刻さは違うんすよ」

「お前何魔界壊滅させてんの。どういう育ち方したの」


「アンドリューズ。ただ全力を尽くし9999位の仕事をしろ。その歯車が次の歯車を回すんだ」


 辛いだとか悲しいだとか無理だとか。そんなものは無視して、今目の前の小さな一歩を、一手を、止めてはならない。


「あとのことはアタシに任せろ」


『オイラはここの責任者で名前はアンドリューズっす。その目は疑ってるすね。これでも魔界役人上位階級9999位、一万本の指に入るそこそこすげえ立場すよ』


 アンドリューズは混沌の星空を見上げた。


「魔界再生。無茶で無謀で意味がわからないっす。でも……やってやるっす。ここで逃げたら男が廃るっす。閣下もきっと、褒めてくれるっすよね」





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