ページ10 決着

 体育祭も中盤に差し掛かり、午前の部最後は学年別の組体操。今の時代、組体操なんて古いなと心のどこかで感じながらも初めての組体操に内心ワクワクしている。ちなみに私、三々樹謙介が唯一自ら参加を希望した綱引きはトーナメントを勝ち抜き、見事優勝したのであります。まぁ相手に恵まれていたのかな。




組体操


最初は二人一組で行っていく。『早く終わらないかなぁ』なんて考えながらやっている内に組体操は最大の見せ場を迎えた。


 最後は全員で作り上げるピラミット。全九段にもなるピラミットを男子生徒で作り上げる。僕は負担の少ない真ん中の五段目、道義は一番上で膝立ちをするとても危険なポジションだ。徐々に土台が出来上がっていき、遂に八段目まで完成した。あとは道義が登れば完成、道義は一段一段慎重に登っていく。そして不安定な足場の中、頂上に到着。女子生徒、教員、保護者が見守る中、道義は膝立ちで両手を翼のように広げた。その瞬間、会場のあちらこちらから拍手と歓声が上がった。道義はその頂上から見える景色と浴びる拍手を肌で感じ、噛み締めていた。


「3年生による組体操でした。ありがとうございました。以上で午前の部を終了いたします。午後の部は昼休憩を挟んだ13:15からとなります。」


アナウンスが入り、午前の部は終了した。ピラミットも無事完成し、一安心した一同は体形を崩そうと動き出したその時、悲劇は起きた。


「おい、まだ動くな。」


「まだ上の人が降りてないだろ!。」


怒声が飛び交い、膠着状態になった。僕は何があったのか状況が飲み込めなかったが「ドン」鈍い音だけは聞こえた。


「道義が落ちたぞ。」


その言葉を聞いて僕は音が聞こえた方を振り向いた。するとそこには足を抱えてうずくまっている道義の姿があった。


「おい、道義。」


謙介は咄嗟に彼の元に駆け寄った。道義は眉間に皺を寄せ、苦しそうだった。


「道義、大丈夫か?。」


そう聞いてしまったが大丈夫じゃないのは彼の表情を見ると一目瞭然だった。


「とりあえず保健室に連れて行こう。」


そう言って何人かで補助しながら道義は保健室へと運ばれていった。



保健室


ベットに横になり、あとは先生に任せることにした一行。それでも謙介は残って道義の様態を確認することにした。


「大丈夫、軽い捻挫よ。でも今日はもう競技に出ない方が良いわね。」


骨に以上は無く、2、3日もすれば腫れや痛みも治まるだろうとのこと。


「良かった、無事で。」


謙介は心配の糸が切れたような気がして一安心した。


「じゃあ私は報告書を先生に渡してくるから西條君のことよろしくね。」


「はい、わかりました。」


そう言って保健室の先生は扉を開け、颯爽と出ていった。先生とすれ違いざまに入ってきたのは瑞帆、紗倉、充の三人だった。


「どう?道義の様態は。」


瑞帆が心配そうに質問してきた。


「軽い捻挫だって。でも大事を取って今日はもう出ない方が良いって。」


大事には至らなかったことを知った三人は安堵の表情を見せた。


「道義君、無事で本当に良かったです。」


紗倉の表情からは心配している心情が物語っていた。


「しかし西條氏、クラス対抗リレーはどうするんだ?。」


そう、問題はそこだ。道義が走れなくなった以上補欠の誰かが変わりに出なければいけなくなった。


「謙介、お前が俺の代わりにアンカーやってくんねぇか。」


『なにを言っとるんですかあなたは』心の中でそう呟いた。


「謙介なら大丈夫だよ。練習の時だって速かったんだからイケるって。」


確かに練習の時、タイムが縮んだけどあれは紗倉さんに見られてたから。そう言って紗倉を横目で見た。紗倉も視線に気が付いたのかこっちを見てきたので謙介は咄嗟に目線を反らした。


「なぁ謙介、頼む。」


謙介はとても悩んだ。道義がこうなった以上出てあげたい気持ちもあるが自分のせいで負けてしまったらどうしようという不安もある。今、謙介の頭の中で天使と悪魔が猛烈な争いをしている。


「わっ、分かったよ。僕のせいで負けても知らないよ。」


「それは恨みっこなしだろ。」


こうして謙介は道義の代わりにアンカーとしてリレーに出場することになった。







午後の部 最終競技 クラス対抗リレー


 体育祭もいよいよ大詰め、逆転可能な最終競技、クラス対抗リレー。午前の部で行った予選を通過した上位6クラスによる決勝が行われる。謙介達R組は3位通過、対するJ組は1位通過で決勝に駒を進めている。決勝は予選を通過した6クラスを2グループに分けて行い、最後はそれぞれのグループの1位同士、2位同士で対決をして順位をきめるシステム。


現在の得点は1位のJ組が860点、続くR組が830点。対抗リレーの得点は50点だからまだまだ逆転の可能性はある。決勝一回戦は見事Bグループ1位になり、二回戦に進出。二回戦はJ組との直接対決となった。謙介らは対決前に円陣を組むことになった。


「まずは謙介、道義の代わりに出てくれてありがとう。」


「いいや、正直ここまでこれるとは思ってもいなかったからみんなのおかげだよ。」


6人全員で肩を組み、ただただ感謝を伝えあった。


「相手はあのJ組、謙介に至ってはあの左藤が相手だ。勝っても負けてもこれが最後、ならあいつらに思いっきりぶつけてやろうぜ。」


謙介は保健室で道義に伝言を頼まれていたことを思い出した。


「そう言えば道義から伝言。(みんな、楽しんでこい)だってさ。」


その言葉を聞いてみんなからは笑みが溢れた。そして覚悟を決めて戦いの場へ向かって行った。



 みんながポジションに付き、いよいよ最後の戦いが始まる。謙介の隣りにいる左藤が話しかけてきた。


「せいぜい足掻きたまえ、君たちの優勝はもはやありえない。」


「まだ勝負はこれからだ。」


謙介は彼の嫌味を弾き返すように発した。自分でもよくわからないけど「ゾーン」というものに入っていたらしい。それくらい集中していたということだ。


スターターがピストルを上に構える。一走目が準備をしてスタートの合図を待つ。会場全体が静寂に包まれる。


「位置について、よーい、ドン」


スタートの合図と共に一走目の二人が勢いよく走り出す。スタートしてすぐにコーナーに差し掛かる。今の所、二人は並走を続けている。コーナーを曲がり切り、まもなく第二走者へバトンが繋がる。バトンパスを終え、未だなお並走を続ける二人。コーナーに差し掛かろうとしたその時、先に仕掛けてきたのはJ組だった。コーナーの遠心力を利用して更に加速していく。まもなく第三走者にバトンが渡る。先にバトンパスを迎えたJ組だがパスがもたついてしまい、ロスタイムに。その間にR組は第三走者にバトンが渡り、そのまま差を広げていく。遅れてJ組も必死に食らいついていく。コーナーに差し掛かっても差は縮まらず、そのまま第四走者へ。ここでJ組が驚異的な追い上げを見せ、一気にR組に並んだ。そのままの勢いで両者、第五走者へバトンを繋いだ。しかしR組も負けてはいなかった。徐々にJ組との差が広がってきている。


『J組のアンカーはあの左藤だ。俺が少しでも謙介の負担を減らしてやんなきゃいけねぇんだ。だからもっと早く、力を振り絞れ。』


コーナーを曲がり、いよいよ謙介の姿を正面で捉えた。最後の力を振り絞って腕を振り、足を振る。謙介は練習で教わったことを思い出した。


「ミッキーはもうちょい早く助走し始めても良いんじゃないか。その分俺たちが追いつくからよ。」


ランナーとの距離は約10m、謙介は助走を始めた。そして謙介の手にバトンが渡った。その瞬間に謙介は全力で走り出した。


「謙介ー、いけー。」


謙介の足取りは軽かった、みんなに背中を押されているような気がしたからだ。とにかく後ろを振り向かずただひたすらに走り続けるだけ。コーナーに差し掛かろうとしたとき、後ろから足音が聞こえてきた。


『やば、もう追いついてきたのかよ。』


差があったはずの左藤が追い上げて来たのだ。


「ふっ、遅いんだよノロマが。」


そう言って左藤は前に出た。その瞬間、周りが遅くなって見えた。


『あぁ、もう無理だ。』


そう思っていると


「頑張れ、ミッキー。」


「謙介、諦めるな。」


「三々樹氏、ここからですぞ。」


とこんなも自分に声援を送ってくれる人がいた。声のする方に視線を向けるとそこにいたのは瑞帆と道義と充、それから紗倉だった。


「謙介君、頑張ってください。」


他にもたくさんの声援が聞こえる中でその4人の声だけがはっきりと聞こえてきた。4人だけじゃない。謙介の家族やクラスのみんな、これまでバトンを繋いできたメンバー達、まだみんなは諦めていなかった。


『そんなに応援されたら諦めないわけにはいかないじゃないか。』


謙介は再び前を向いた。足の回転量を上げて小刻みに踏み、腕を更に早く振った。すると徐々に左藤との差が埋まってきた。


『みんなが繋いでくれたバトン、みんながくれた声援を絶対に無駄にはしない。』


謙介の速度は更に上がっていった。前にテレビでやっていた早く走るコツをそのまま実践しているというのに。


そして遂に左藤と並んだ。左藤は驚きの表情を見せた。


『なんだコイツは、なんで俺と並んで走っている。』


ゴールまでもう少し、二人は全ての力を出した。ゴール目前、謙介は怒りの感情が芽生えていた。


『せいぜい足掻きたまえ、君たちの優勝はもはやありえない。』


『あー、ここにきてさっきの言葉にムカついてきた。ぜってぇー負けねぇ。』


怒りのパワーで更に加速していく。そしてほぼ同時にゴール。判定はビデオ判定に委ねられた。


「只今の結果を発表いたします。結果は………。」





その夜 自宅


「痛い、痛い、痛い、お母さんもうちょっと優しく貼ってよ。」


謙介は今、全身筋肉痛でソファに横になって母に湿布を貼ってもらっている。


「我慢しなさい、今日頑張った勲章なんだから。ねぇお父さん。」


「そうだぞ謙介。でも今日は惜しかったな。」


と父はビールを飲みながら頬を赤くしてそう語った。


「久しぶりにお兄ちゃんのことかっこいいって思った。」


と大好物のカレーを食べながらそう語る妹。

クラス対抗リレーの結果は僅差でJ組の勝利、よって総合優勝はJ組という結果に終わった。でもそのあとクラスのみんなが謙介の健闘を称えてくれてこのバキバキに痛い体を胴上げしてくれた。でも嬉しかった、こんなになにかに燃えることなんて久々だったから楽しかった。


そんなことを思っていると謙介のスマホの通知音が鳴った。気になって開いてみるとあの4人からのメッセージが届いていた。



お疲れミッキー、なんか見直しちゃった👍


今日はゆっくり休めよ 俺も人のこと言えないけどさ


三々樹氏はYDKだと思っていたよ very good😁


謙介君、今日は本当にかっこよかったです。お体お大事に


みんな本当にありがとう


それから謙介は3日間動くことができなかった。




―To Be Continues to 夏休み篇―


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