第41話 リゲイル戦1 

 激しい風になびく草。

 その上を走るウェイブたち。


 リゲイルは憤怒を隠した冷静な表情で、ウェイブを追いかけていた。


「…………」


 しかし突然立ち止まるウェイブ。

 リオラたちはウェイブの背後まで移動し、リゲイルを見据えながらウェイブに聞く。


「ウェイブ、ここでやるの?」


「ああ。ここでいい……ここがいいんだ」


「?」


 何もない草原のど真ん中。

 こんなところに何かあるのだろうか。

 怪訝に思いながらも、ウェイブは間違ったことを言わないしいつも正しい。

 だから問題はないだろうと判断し、リオラたちは敵に集中することにする。


「先手必勝。オレが前に出るから二人は援護してくれ!」


「オーケー。お嬢様の望むままに」


「命じるままに」


 エッジとアルバートが、走るリオラの援護に回る。


 アルバートが魔術で炎を両手から吐き出し、エッジが鋭い矢を放つ。


「悪くない腕だ。奴隷としては破格、驚くべき腕と言ってもいいだろう。だが――」


 リゲイルは駆けながら炎を避け、矢を剣で弾く。


「僕は貴族だ。君たち奴隷とでは住んでいる世界が違う」


「何が住んでいる世界が違うだ! お前だってオレだって、同じクルーゼルに住んでるだろうが!」


 リオラの動きは仲間たちの誰よりも迅かった。

 高速でリゲイルとの距離を詰め、変則的な動きで剣を振るう。


「ほう、面白い剣技を使うようだな」


 リオラの腕力は低い。

 それを見越してエイトは、トリッキーな剣技をリオラに伝授していた。


 全ての特技がそうであるのだが、初級の技を習得した後、技能はいくつも枝分かれする。

 リオラはフェイントをかけたり相手の隙をつくる剣技を扱い、力が無い分手数と虚をつく攻撃で攻める技術だ。


 リゲイルの目の前でリオラの剣筋は方向を変え、襲い掛かろうとしていた。

 が、リゲイルはそれを冷静に対処する。


「なっ……」


「腕は悪くない。だがやはり僕とは住んでいる世界が違う」


「そうやって調子にばかり乗っていたら足元をすくわれるぞ」


 リオラの剣を避けたリゲイルの足元に、ウェイブの剣が迫る。

 しかしリゲイルはこれさえも見越していたのか、あっさりと避けてしまった。


「!!」


「動きが見え見えだ。僕にはお前たちの攻撃は通用しない!」


 リゲイルの細い腕から凄まじい一撃が繰り出される。

 その剣をウェイブが剣で受け止めるも、激しく吹き飛ばされてしまった。


「くそっ……」


「くくく……君たちみたいな雑魚をいたぶるのは好きだよ。できるだけ抵抗して楽しませてくれ」


 リゲイルの腕力の正体。

 それは【身体強化】を進化させた技術、【怪力】の所為であった。


 【身体強化】はある程度のレベルになると、そこから別のスキルに進化させ習得するのが基本となっている。

 リゲイルの場合はこれまで通りの身体強化に加え、大きく腕力が増す【怪力】。

 貴族である彼の能力、そしてそのスキルを所持しているだけで、ウェイブたちから見れば化け物じみた力の持ち主と化してしまっている。


 ウェイブは考える。


 以前より力の差は埋まったとは思うけど……それでもその差は絶望的。

 こんなものなのか……俺たちの力はこんなものでしかないのか!


 吹き飛ばされたことに驚きもしなかったが、自分自身の能力に憤慨するウエイブ。

 ここまで努力を積み重ねてきたと考えてきたが、三年程度ではその差が埋まることはなかった。

 それに歳の差もある。

 

 相手は成人男性と言っても差し支えのない年齢。

 それに対してウェイブたちはまだ十歳。

 体格の差、そして経験の差はまだまだある。


「胸を張ってもいいぞ。今の一撃で君は大怪我を負うはずだったのだからね。だが君は僕の攻撃に耐えたんだ。称賛に値する素晴らしい防御だったよ」


「あんたに褒められても嬉しくないな」


「そうか。まぁ胸を張った所で、君は今日死ぬのだからな。君だけではない。ここにいる全員がこの場で死ぬことになる。なぜなら君たちは僕に逆らったからだ」


「逆らったぐらいで死ぬような世の中……そんなふざけた世界だからこそ、俺はこの世界を変えてみせる!」


「変えられるものか。君たち奴隷は、何をやっても無駄なんだよ。それだけ努力しても平民には敵わないし、奴隷としての人生が待っている」


「そんな未来、俺自身が認めない!」


 ウェイブは魔力を練り上げ、風を生み出す。


「へぇ、魔術まで扱えるのか。器用な子供だ」


 素直に感心するリゲイル。

 奴隷の身分でありながら、あらゆる能力が高いことは驚嘆すべきことであった。

 だがそれでも所詮は奴隷の子供。

 そう考えるリゲイル。


「オレたちがいるのも忘れてもらっちゃ困るぜ!」


「リオラ! 黙って攻撃しろ!」


 アルバートはリオラに明ながらも魔術を構築させる。


「声を殺していても、バレバレだけどね」


「そんなこともバレバレなんだよ! 喰らえ!」


 リオラの剣を受けるリゲイルに、エッジが奴の額目掛けて攻撃をする。

 エッジの矢を手で掴むリゲイル。


 その隙にリオラがリゲイルから離れ、アルバートが魔術を放出する。


「【ファイヤーボール】!」


「甘い! どれだけ連携が取れていようとも、僕には絶対勝てない!」


 アルバートの炎を飛んで避けてみせるリゲイル。

 炎はリゲイルのいた場所で、孤独に燃える。


「まだ終わりじゃない。炎よ、俺の風で燃え上がれ!」


「むっ!?」


 ウェイブが風の魔術でアルバートの炎を飲み込み――熱く燃え上がる風。

 リゲイルは炎に包み込まれ、上空でも燃え上がる。


「やったぜ! 貴族男のまる焼けだ!」


「いや……まる焼けはなさそうだ」


「へ?」


 エッジはアルバートの言葉にリゲイルの姿を注意深く見る。

 リゲイルの体は炎に包まれていたが、口角はニヤリと引き上がっていた。


「まさか、僕に一撃喰らわせるとはね」


 剣を力強く振り、炎をかき消してしまうリゲイル。

 その剣は魔術に対抗するための剣で、ある程度の魔術なら四散させられるという中々の業物である。


「……今のが効いていないなんて……まさかここまで差があるとはな」


 勝算はある。

 だが想像以上にリゲイルの能力が高いことに驚愕するウェイブ。


「紛いなりにも僕を火を点けたんだ。簡単に死ねるとは思うなよ」

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