第40話 対ヨワヒム

「あれ、ヨワキムの兄貴じゃない?」


「本当だ……そこそこ強いって噂は聞いてるけど、実際のところどうなんだろう」


 後方から追いかけてくるリゲイルとヨワキムの兄。

 あいつらの情報は出来る限り収集するようにしていた。

 ヨワキムの兄――ヨワヒムはリゲイルの剣の稽古に付き合っているという話を聞いたことがある。

 そのためか、それなりに戦えなんて耳にしたことがあるのだが……

 とにかく、やってみないことには分からない。


「二人同時に相手にするのは面倒だな……あいつは僕が引き付ける。皆はリゲイルを頼んだ」


「ああ。気を付けろよ、レイン」


「ウェイブたちもな」


 僕は走りながらウェイブたちと徐々に離れて行く。

 ウェイブたちは町から西の方角に真っ直ぐに。

 僕は南西へと逸れる。


「ほら、こっちだ!」


 僕は魔術を手の中に練り上げ、ヨワヒムの足元に撃ち込む。

 ヨワヒムは軽くジャンプをしてそれを避け、憤慨した様子でこちらを睨んでいた。


「今のを避けれるッてことは、鈍くはないようだな」


「少なくともお前よりは強いぞ!」


「だったらかかってこいよ。相手してやる」


「リゲイル様! あいつは俺にやらせて下さい!」


「ああ、行くがいい。僕はあの生意気な金髪を相手にする」


「ありがとうございます!」


 こちらの思惑通り、リゲイルとヨワヒムが離れ、ヨワヒムが僕を追いかけて来た。


 そこから数百メートルほど走ったところで僕は立ち止まり、ヨワヒムと対峙する。


「弟はどうした? いつもボス面しているくせに、自分より強い相手が現れたとたん、お兄ちゃんに泣きつく情けない弟は」


「弟を侮辱するな、奴隷風情が!」


「僕は奴隷じゃない。お前と同じ平民身分だよ」


 僕が小指の指輪を見せると、ヨワヒムは舌打ちをして腰の剣を引き抜く。


「お前と同じ身分だなんて寒気がする。女みたいな顔した女男が」


「それ、ヨワキムも言ってたな。兄弟そろって同程度の悪口しか言えないのかよ」


「同じ感覚をしてるだけだ! 女男!」


 怒りを滲ませた表情で斬りかかってくるヨワヒム。

 動きはそこそこ。

 剣の扱いもそこそこと言ったところだろう。


 ヨワヒムが剣を振りかぶり、僕の頭部を狙って剣を全力で振り下ろす。

 僕は最小限の動きで剣を交わし、魔力が込めた足でその剣を踏みつける。


「くっ!」


 剣は深々と地面に突き刺さり、ヨワヒムはそれを抜こうと躍起になっていた。

 その隙を狙い、僕は飛び上がってヨワヒムの顔面に蹴りを入れる。


「ぐはっ!」


「そんなことに集中してるから――そうなるんだよ」


 さらに腹部に拳を叩き込んでやると相手は膝をつき、胃液を吐き出す。


「まぁ、こんなものだろうな。貴族とそれなりに剣の稽古をしていたお前と、毎日欠かさず力を蓄え続けて来た僕。たとえ僕が子供だったとしても、お前に負ける要素なんてどこにもない」


「こ、これで終わったと――思うな!」


「うっ!」


 腹を抑えているヨワヒム。

 その手の中から、目を開けていられないほどの光が漏れ出す。

 僕は突然の光に視界を失い、目を押さえて数歩後退する。


「ははは! 俺に負ける要素はないだと? 俺の手の内を知らずにそう判断するのは早計だったな!」


「……そうか? これでも負ける気はしないけど」


「嘗めるな……目が見えないくせに、俺に勝てるかよ、この女男が!」


 ヨワヒムは僕を殴りつけようとしているのだろう。

 こちらに近づき、拳を振るう気配を感じる。

 

 だが僕は冷静に、戸惑うことなく軽く避けてみせた。


「なっ……!?」


 ヨワヒムはまるで眼前で手品でも見たような素っ頓狂な声をあげる。

 僕の目は見えていないはずなのに、拳を避けてしまったことに驚きを隠せないのだろう。


「残念だったな。僕は目が見えなくても相手の動きを読むことができるんだ」


「そんなバカな……そんなバカな話があってたまるか!」


 次々に繰り出されるヨワヒムの拳。

 だが僕はそれをことごとく回避してみせる。


「嘘だ……こんなの嘘だ」


「嘘じゃない。これは現実だ。ただ僕は積み重ねてきただけだ。強くなるための訓練をな」


 何故僕が相手の攻撃を避けられるのかと言うと……それは師匠の指導のおかげだ。

 目を瞑り、相手の攻撃を肌で感じる訓練。

 視界に頼らず気配を察知する能力を磨いてきたからだ。


 相手の動きは目に見えないが、肌でその動きを感じることができる。

 まだ能力は完全ではないが、ヨワヒム程度の攻撃なら問題なく回避することができるみたいだ。


「クソ……クソォ!」


 何度目かのヨワヒムの攻撃を避けたところで、ようやく視力が戻ってきた。

 まだぼんやりとだが、相手の顔が見える。


「な? 負ける気はしないって言っただろ」


「なんで……なんで子供のくせにこんな強いんだ……」


「お前と違って目標があるからだ。お前も強くなりたいなら目標を持つことをおススメしておくよ」


 ヨワヒムの膝下を蹴り、その場に跪かせる。

 そしてそのまま顔面を蹴り飛ばしてやると、奴は完全に木を失ってた。


「こっちは余裕だったな……問題はリゲイルだ」


 とうとうリゲイルとやり合うことになるみたいだ……

 三年前は子供扱いされたが、今は違う。

 僕らはあれから強くなったんだ。

 今の僕たちの力を見せつけてやる。


 待っていろ、リゲイル。

 ベルナデットの敵は取らせてもらうぞ。

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