第23話 オーク
まさに蜘蛛の子を散らすように、スパイダーが四方八方に逃げて行く。
森の奥から現れたモンスター……オークを視認したからであろう。
オークは二足歩行のモンスターで、豚のような顔にポッコリと出た腹。
背は成人男性よりも大きく、その凶悪な瞳は獲物を探すかのようにギロリと怪しく光っているようだった。
「な、なんでオークがこんなところに……」
「餌でも探しに来たんじゃないのかな……普段はこんな森の入り口まで出て来るはずはないんだけど」
その情報はアドによるものであった。
だから正しいはずなのだが、イレギュラーというものは常に付きまとうということであろう。
実際問題、こうしてオークは僕たちの目の前に姿を現したのだから。
「逃げるか……?」
震える声でウェイブが僕にそう聞いてくる。
僕も内心震えていたが、ウェイブを守らなければいけない、使命感のようなものを抱き、冷静を装って一つ頷く。
「ゆっくり逃げよう……まだ僕たちに勝てるような相手じゃない」
音を立てないよう、僕たちは腰を低くして森から離れようとする。
だが不運なことに、足元に落ちていた枯れ木を踏んでしまい、パキッと枝が折れる音が響く。
ドクンと心臓が跳ね上がる。
バレたか……僕は汗を流しながら背後を振り返った。
「グオオオオオオオ!」
どうやら完全にバレてしまっていたようだ。
僕は体勢を起こし、ウェイブに向かって叫ぶ。
「走って逃げるんだ!」
「あ、ああ!」
真っ青な顔で走るウェイブ。
僕も一緒に走って逃げようとするが――オークの足は想像以上に早く、敵を引き付けることにした。
優先順位……まずはウェイブを助けること。
その次に自分が助かること。
このまま逃げたとしても、二人とも殺されてしまうだろう。
なら僕がここでオークと戦い、そしてウェイブだけでも確実に助けてみせる。
もしかしたら、相手に勝てるかもしれない……勝てない相手ではあるだろうが、その可能性にかけるのも悪くない。
逃げ腰で戦っても殺されるだけだろうが、勝てる気持ちでいけばその奇跡を引き寄せられるかもしれない!
僕は立ち止まり、森を出てすぐの場所でベビーナイトを召喚する。
「ベビーナイト! 相手を引き付けてくれ!」
「ビー!」
ベビーナイトに引き付けてもらっている間に逃げられるかも知れないが、もし逃げられなかったらそのまま殺されてしまうことになるだろう。
もう覚悟を決めろ。
逃げられる可能性も勝てる可能性も似たようなものだ。
自分に無理矢理そう言い聞かせ、オークとの戦闘に突入する。
ベビーナイトの動きはオークよりも迅い。
相手を周囲を走り、かく乱する。
斬撃。
相手の膝の裏を切りつけるが……効果はあまり見られない。
一筋の青い血を流すが、動きが鈍るようなことはないようだ。
「ベビーナイトの攻撃があまり効かないってことは……僕の攻撃も効かないんだろうな……でも」
僕は剣を構え、相手の隙を伺う。
足は震え、恐怖心から呼吸が乱れっぱなし。
だけど僕は勝つ。
勝たないと今日を生き残こることは叶わない。
逃げるにしても、もうまともに足が動かないだろう。
前に進むしかない……そしてそうすることによって、僕は一つ成長することができるはず。
これは僕に与えられた試練のようなものだ。
恐怖に打ち勝て!
神は超えられない試練を与えないなんて言葉もあるじゃないか!
「レイン!」
ウエイブの叫び声が遠くから聞こえてくる。
だが僕は振り返ることはなかった。
戦いに集中するんだ。
勝つために全神経を集中しろ。
「ガァッ!」
オークは手に棍棒を持っており、それを振り回しベビーナイトを殴りつける。
相手の殴打を食らい、ふらつくベビーナイト。
オークはベビーナイトの【挑発】と攻撃に気を取られ、僕に対して興味を失っているようだ。
それを悟った僕は、全力で駆け出す。
一瞬一瞬の隙を狙らうんだ。
僕がこいつに勝つためにはそうするしかない。
助走をつけ、僕は地面を蹴る。
飛翔。
相手の首元に飛びかかり、その後ろ首に剣を突き立てる。
「ガァアアアア!」
皮膚は硬く、剣の通りは悪かった。
だが、【スラッシュ】を発動したことにより、僕の攻撃は威力を増していたのだ。
刀身の三分の一ほどが相手の首に突き刺さっていた。
痛みにオークは振り返り、そして棍棒を僕に向かって振り回す。
僕は咄嗟に剣で攻撃を防ぐ。
が、その威力に吹き飛び、地面に叩きつけられてしまう。
剣は折れ、手は痺れていた。
オークは武器を失った僕に接近して来る。
「隙を常につく。お前の相手は僕だけじゃないんだぞ」
「!?」
ベビーナイトが飛び上がり、【スラッシュ】を発動する。
「行け、ベビーナイト!」
「ビー!」
ベビーナイトの渾身の一撃が振り返る相手の左目に突き刺さる。
「グォオオオオオオオオ!」
自身の左目を両手で押さえ、痛みに叫ぶオーク。
ベビーナイトはもう一度相手の膝裏を切り、今度はオークをその場に膝まつかせてみせた。
「逃げながらなら勝てない相手だった……僕たちよりも完全に格上の相手だった。でも、勇気を出した僕たちの勝利だ」
傷を負った後ろ首――そこにベビーナイトの全力が振り下ろされた。
剣は相手の首の半分辺りで止まってしまうが……大量の血を吐き出させる。
「ウォ……オオオ」
まるで命乞いでもするかのように、ベビーナイトを見上げるオーク。
だがしかし、その生命力は徐々に失われていき、絶命する。
僕は大きく息を吐き出し、震える自分の両手を見下ろした。
勝てた……ベビーナイト一人では勝てない相手だったのだろうけど、僕が勇気を出したことにより、勝利を引き寄せることができたんだ。
喜びが僕の胸の中で激しく踊る。
僕は柔らかな大地に寝そべり、拳を天に突き立てて笑みをこぼした。
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