第21話 リオラの料理

「今日は晴ね……なんだかいい一日になりそう」


 朝の訓練から家に帰ると、ベルナデットが洗濯物を干しながら空を眺めそんなことをポツリと漏らしていた。

 

 補装のされていない道にボロボロの建物ばかりの世界に咲く一凛の花。

 ベルナデットは息を呑むほど美しい。


 僕は仕事をしているベルナデットに見惚れて立ち尽くしてしまっていた。


「あら、レインおかえりなさい」


「ああ……ただいま」


 ニコリと笑うベルナデット。

 僕は自分の感じていた気持ちがバレないように駆け足で家の中へと入って行く。


「どうしたの、レイン? 何かあった?」


「な、なんでもないよ! なんでも……」


 バレてないようだけど……恥ずかしい。

 彼女は僕の母親みたいなものだというのに。

 普段は平然としていられるのに、ふとした時に心を奪われてしまう。

 あれだけ美人なのだから仕方ないよね。


「なあなあレイン。ちょっと味見してくれよ」


「味見?」


 家の中に入るとリオラが何か食事の用意をしていたらしく、僕に手招きをする。

 何を作ったのだろうか……僕は不安な気持ちになりながらリオラの方へ移動した。


「……何これ?」


「野菜を炒めたんだよ」


「野菜炒め……?」


 野菜を炒めたとリオラは言っているが……鍋の中身は純黒の物体があるのみ。

 野菜のやの字もさの字もいの字も見当たらない。

 何をどう調理すればこんな風になるんだよ!?


 焦げ臭いような腐ったような……そんな変な匂いもするし、僕は逃げ出そうとした。

 だがウェイブたちがニヤニヤ笑いながら僕に言う。


「レイン! リオラが折角作ったんだから味見してやれよ」


「そうだそうだ! 女の手料理なんて羨ましいぜ! 俺も女の手料理が食べたい!」


「エッジ! そんなに手料理が食べたいなら、エッジが食べろよ!」


「あ、リオラの料理は遠慮しときます」


「な……」


 ウェイブたちはリオラの料理を食べる気はないらしく、僕たちから一定の距離を保ち続けている。

 彼女はこれまで料理をしたこと無いはずなのだが……その絶対的センスの無さに僕は絶望していた。

 そしてお前たち!

 自分たちだけ助かろうとしているだろ!


「ねえ、早く食べてくれよ」


「あ、えーっと……味見はした?」


「してねえからレインに言ってるんだよ」


 味見は自分でするものですよ?

 僕は震えながらそう考えるも彼女に言えないでいた。

 

 リオラは見た目は男の子にしか見えないけれど……れっきとした女の子なんだもの。

 傷つけるようなことは言えやしない。


「で、ではいただきます……」


 僕は覚悟を決めた。

 七歳の小さな女の子が、頑張って作った物なのだ。

 逃げるわけにも拒否するわけにもいかない。

 

 食べるんだ。

 最悪死ぬことはないはずだ!


 僕はリオラの作った自称野菜炒めを口にした。

 その瞬間、魂が天に昇っていく感覚を得たのである。


「レイン!? どうしたんだレイン!?」


 リオラの叫び声がの方から聞こえてくる。

 ああそうか……僕はここで終わりなんだな。

 強くなると決めたのに、ここで人生終了か。

 さよなら、異世界。

 僕の物語はこれで終わりだけれど、辛いことが多い人生だったけど、最後はそらなりに充実しておりました。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「ん……」


「ああ、レイン! 良かった、目を覚ましたのね」


 あれからどれほど時間が経ったのか分からないが、どうやら僕は現世に踏みとどまっていたようだ。

 死ぬような思いをしたけれど、死なずに済んだのか。

 大きくため息をつき、目の前で涙目になって僕を見下ろすベルナデットを見る。


「リオラったら、料理をするならするって言えばいいのに」


「だって……ベルナデットがいつも簡単に作ってるから、オレもできるって思ったんだもん」


「慣れたら簡単だけれど、慣れるまでは中々できないものよ」


「…………」


 少々気まずいのか、リオラが俯き加減で僕たちの方を見ている。

 僕は気にしないようにと、彼女に笑みを向けた。


「リオラ」


「何?」


「お料理を教えてあげるから、それからレインに作ってあげなさい。だから一人で作るのは禁止ですよ?」


「う、うん。ありがとう! オレ、料理上手くなるかな?」


「誰だってやればできるわ。リオラも料理を頑張れば上手になるはずよ」


「だったらオレ頑張る! レイン、ごめんね」


「ああ、別にいいよ」


「今度は美味しいの食べさせてあげるから、期待しててくれよな!」


 リオラはそれはそれは嬉しそうな顔をして、部屋を飛び出して行ってしまった。

 僕とベルナデットは苦笑いしながら走り去って行く彼女を見送るのみ。


「……ここにいる子は皆いい子。気持ちが純粋で一緒にいるだけで気持ちがいいわ」


「それはベルナデットがいるからでしょ? ベルナデットがいるから、皆純粋でいられるんだよ」


「そうかしら……でも、やっぱり皆の純粋さに癒されている私がいるのも間違いないし、うん、きっと似た者同士が引き寄せられたのね」


「だと嬉しいんだけど。ベルナデットと一緒にいて、ベルナデットに恥ずかしい思いをさせたくないから。皆そう考えているはずだよ」


「恥ずかしいだなんて……皆は私の誇りだわ。皆、私のところに来てくれてありがとう。そう伝えたい。心の底から」


 そう言って笑うベルナデットは、本物の天使のように思えた。

 僕は彼女の笑顔を見て、また胸をときめかせていたのである。

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