馬鹿にも観える服作り
依
1. 淡紅
ーこれはまだファッションを仕事にするのが難しかった時代の話ー
「この店は俺の自己満足でやってるんだ。文句があるなら出て行ってくれ。」
-10分前-
カランカランとドアにかけているベルが店内に響いて僕はすぐに入店してきたお客様に駆け寄った。
「いらっしゃいませ、Theodore《テオドール》へようこそ。今日はどういったご用件でしょうか?」
僕は自分ができる最大の笑みで接客をした。
「あら?ここの店主はこんな小さくて可愛らしいお方でしたの?」
皮肉っぽくお世辞でも綺麗とは言えない笑みで返され、僕は本当にほんのちょっぴりだけ怒りが芽生えたが
「僕はここの主人の使用人リリウムと申します、マダム。」
とにっこり笑顔で返した。
夫人があらそうなのとどうでもいいといったような態度で店内を見回し始めた時、階段からトントンと我が主人が寝起き丸出しの表情で降りてきた。
寝起きにも関わらずその端正な顔立ちは寝癖をもまるでセットしたかのように引き立たせ、気怠げな表情は僕と夫人を惹きつけた。
主人がコーヒーを淹れ始めた所で僕はハッと我に帰る。僕は小声で一言。
「お客様がいらっしゃってます。少しは身なりを整えて愛想を良くしてください。」
「……ん?あぁ、いらっしゃいませ」
僕はこの人の愛想の無さに何度頭を抱えたことだろう。本当に接客業をやる気があるのだろうか。そんな愛想0の主人に対して夫人は
「あなたがここのオーナーのアイリスさんかしら?」
と頬を染め声をワントーン上げて一言。
前言撤回。顔が良ければ(女性)客に対しては愛想はいらない。イケメン爆発しろ。
「そうですが、今日はどういったご要件で?」
やっと二人がまともに会話を始めたので僕はお茶の準備をし始めた。
ここは街の端にポツンと佇む紳士服、婦人服、いや服に関してはジャンルを問わない仕立て屋だ。
『今日のお客様はどんなお洋服をご所望なんだろう』と考えながらお茶を淹れていると店中に先ほどの夫人と思わしき怒号が響き渡った。
「はぁ〜今日はなにを言ったんだろ…」
僕は大きなため息をつきながらティーセットを持って現場へ急いだ。
「なんて失礼な方なのかしら!!私がグランヴィル伯爵夫人と知ってのこと!?」
「あぁ、あの屋敷の………
……そんなことより、あんたの注文したいドレスの色だが、」
「そんなこと!?!あなたそんな態度でよく接客業をやっていけてるわね!?先代の顔が見てみたいものだわ!」
『またやってる…どうやったら毎度毎度お客様とあんなに喧嘩ができるんだろう…』
僕はテーブルにティーセットを置き、二人の言い合いを遮るように
「お二人とも!…お茶を淹れましたのでどうぞ」
と大きめの声で、しかし笑顔で言い放った。
「いただきますわ!」
フンッと夫人は椅子に座りお茶を飲み始める。
主人はというと「はぁ」と小さくため息をつき、僕をジロリと睨みつけた。僕が言いたいことを察してくれたようでよかった。
「マダム。
あんたはピンクのドレスが欲しいと言ったな?」
「ええ!そうよ!」
夫人の返事に主人は自分で入れたコーヒーをしばらく見つめ
「俺は作りたくない。」
「なんですって?」
また言い合いが始まりそうな雰囲気になってきたのですかさず僕は
「マダム、主人の意見を是非聞いてみてはくれませんか?」
と謙ってお願いした。しかめ面で黙る夫人。
「マダムが選んだこの淡いピンク。これは完成したらあんたが着るんだろ?それなら俺は作らない。」
夫人は黙ったまま『は?なんで?』とでも言いたそうな顔で主人を凝視している。
「色」
「「色?」」
思わず僕も夫人と一緒に聞き返してしまった。
「マダムは瞳の色はダークブラウン、髪の毛は明るい赤茶。肌の色も健康的な小麦色で顔の作りも派手だ。」
と主人は夫人に近寄り髪を触ったり、至近距離でまじまじと顔を見ながらつらつらと話す。その間夫人は緊張顔で顔を赤くしながら押し黙る。主人の悪い癖が出ている。天然ジゴロめ。
「お客様に失礼のないようにお願いします。」
主人は『何が?』と言った顔でチラッとこちらを見て再度話し出す。
「何が言いたいかというと、マダムの顔はこの淡いピンクがあまり映えないんだよ。」
「…つまりピンクが似合わないというの?」
先ほどまで顔を赤くしながら恥じらっていた夫人がまたしかめ面になりかけた。
「ピンクが似合わないとゆうわけではない。マダムにも合うピンクはある。
人間にはそれぞれ最も似合う色があるんだ。それは瞳や髪の色、肌の色から判断するんだが、俺の見立てだと……マダムの場合は濃いレッドや濃紺などパキッとした色がよく似合う色だ。」
初対面の人物に自分が似合う色をピンポイントで指摘されて目を丸くする夫人。
そう、主人は訪れるお客様それぞれの似合う色、形を瞬時に見つけ服にすることができるのだ。
「でも、そうしたら瞳、髪、肌全て同じ色味の人間が何人もいたらその方達は同じ色の服を着ることになるわよね……?
皆同じ色の服を着ることになるわ!」
「まぁそうなる。全て同じ色味の人間がいればな。」
「いるわよ!現に私の娘は瞳、髪、肌と全て私と同じ色よ!」
主人と夫人の口論が長くなりそうなので僕は緩くなった紅茶を片付けることにした。
そう、初めていらっしゃったお客様と主人は一度はこのやりとりをするのだ。
「じゃあ娘を連れてこい。本当に全て同じか俺が見る。ただ俺は今までも全て全く同じ色味の人間を見たことはないけどな。」
「私と娘は全て瓜二つよ!」
はぁ、とため息をつき主人はぬるくなったコーヒーを一口飲んで一言
「色は同じような色でも何百色とある。赤系統だけでも100色以上あるんだ。それと同じで同じような肌の色でも俺が見ると全然違うんだよ。信じられないなら本当に娘を連れてきてくれ。」
夫人は真下を向いて動かなくなった。
主人は10秒ほどその姿を眺めていたが、あまりにも夫人が動かないからか自分のコーヒーを持って自室に行こうと足を動かした瞬間
「じゃあ、私はどうすればいいの…?似合わない色の服は着てはいけないの…?」
先ほどとは一変して今にも泣きそうな顔で俯きながら訴えはじめる夫人。
「……自分に似合わない色でも好きだからとゆう理由で着る人間もいるし、別に俺はそれを否定しない。こだわりがあってその服を着るとゆうのであればそれも良いと思う。」
夫人は顔を上げる
「じゃあ…」
「だが、俺の前に客として来る奴にはそいつに……最高に似合う服しか作りたくないんだよ。」
そう言って主人は二階へ上がって行ってしまった。
夫人は黙っている。
僕は控えめに聞いた。
「もし…よろしければこのピンクである理由をお聞きしても良いでしょうか?」
「……ありきたりな理由なのだけど旦那と初めて会った時によく似合っていると言ってもらえたからかしら。
あれから馬鹿みたいに同じような色のドレスばかり着ているわ…。今はもう私に関して何も言ってくれないけどね。」
マダムはさっきまでの怒ったり沈んだりしていた表情とは違い、とても儚い顔をしていた。
「そうでございましたか。とても素敵な理由ですよ。
それでしたら旦那様にもっと素敵になった、新たなマダムを見ていただくとゆうのはどうでしょう?
もう一杯お茶を淹れますので飲みながらゆっくりお考えくださいませ。」
−一ヶ月後−
カランカランとドアベルが鳴り、コーラルピンクのドレスを翻しながらお客様が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ、マダム。先日はどうもありがとうございました。ドレスは〜…と、着ていらっしゃってくれたのですね。とてもよくお似合いです。」
「夫もとても久しぶりによく似合うと褒めてくれたわ。
それに私もこの色のピンクの方が自分に似合ってると思えてきたの。とても感謝してるわ」
フフッと笑顔でお礼を言う夫人。
「アイリスさんにもお礼を言いたいのだけれど」
と、ちょうど主人がトントンと二階から眠そうな顔で降りてきた。
「先日のマダムが来てくださいましたよ」
「ん?あぁ、いらっしゃい…」
と相変わらず愛想のない表情で一言。そして何かに気付いたのか夫人に近付き、おもむろに胸元に手を伸ばす。
なにをされるのかギョッと固まる夫人。
主人は夫人の胸元に曲がって付いていたブローチを直すと「うん」と言って、周りをぐるぐる回りドレスをチェックしている。何をされると思ったのか顔を真っ赤にしたまま固まる夫人。
「やはり、この色だ。」
主人はにこやかな顔で夫人にそう言うと、満足そうな足取りでコーヒーを淹れにキッチンへ向かった。そう言われた本人は顔をドレスの如きピンク色に染め、ポカンとした顔で突っ立っている。
「あ、でも。」
と主人が足を止めてこちらを振り返る。
「メイクは未だに変な色の組み合わせだな…大方ピンクで統一しろと命じ、それを言われた使用人はあんたの機嫌を損ねないよう言われた通りにしかできないんだろうな。あんたに似合うメイクの色を後で教えるから使用人に渡すといい。」
と言い放つと、今度は本当にキッチンへ消えていった。
『この一言が無ければ必殺天然ジゴロで丸く収まったというのに、本当に余計な事を言ってくれた…』
と頭を抱えていると、僕の横で先程までの恥じらいを帯びたピンクお顔とはまた違った……青筋付きの赤面で震える夫人が頭から湯気を出していた。
「はぁ……」
今日も僕のため息が店中に響いた。
− 完 −
馬鹿にも観える服作り 依 @s104
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